3.「おどろきのウクライナ」:国民国家なきイスラム世界/中国の権威主義的資本主義のゆくえ(12/08 06:30)


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昨日は橋爪大三郎・大澤真幸「おどろきのウクライナ」を読んでいたのだが、これは2021年から22年にかけての両者の対談本で、最初の2章が「アフガニスタンとアメリカ」と「中国とウイグル」をテーマにしていたのが、ロシアによるウクラな侵攻が起こり、後の3章がウクライナについて話すという内容になっている。

逆に言えば最初の2章はウクライナ侵攻以前の世界について話しているということになり、侵攻後の世界に生きている今の我々にとっては少し違う感じもある。しかしそれはそれとして、自分などが考えていない角度からの考察もあるので興味深いことは多かった。

一つはイスラムについての分析で、イスラムに内在した論理の研究のようなものをどちらかと言えば読んできたこともあり、国際政治においてイスラムをどのように見たらいいかというところが興味深かったのだけど、特にイスラム世界にはイスラムの論理だけではネーションステート(国民国家)が成立しない、という話が興味深かった。

日本や西欧における「国家」というのは一種の「社団」と言えるわけだけど、それは西欧では教会が政治的権能を持たなかったために世俗の統治社団として国家が成立し、それが絶対主義時代の主権国家から現在の国民国家になったと考えられているわけだけど、統合の原理としてはもともとその国の教会があると。イスラームはウンマという信者全体の共同体はあるが、聖職者の存在は本来なく、イスラム全体を統べる統治者=カリフ(シーア派ではイマーム)は認められるが現在では存在しないので、いわば場当たり的な統治権力がその場その場で成立するだけで、国家の存在を正当化する論理はイスラムからは出てこないという指摘はなるほどと思った。

しかしアメリカにしても西欧にしても国家とはこういうものという観念が強くあるので、アフガニスタンという領域には当然アフガニスタンという国家があるはずで、それはイスラム原理主義組織のタリバンではダメで、違う権力が必要だという形で介入したものの、アメリカが去ればあっという間にそれは瓦解し、再びタリバンが支配的になったが、タリバンもアフガニスタン全体で支持されているわけではない、それはタリバンの支配を正当化する論理がないからだ、というわけだ。

しかし橋爪さんは比較的タリバンを評価していて、つまりはタリバンは紛争解決能力があると。タリバンはもともとイスラム神学生の組織だから、イスラムに基づいて紛争を裁く能力があり、それによって支持されている側面が強いと。それに対して大澤さんは否定的で、暗殺された中村哲さんによるとタリバンにはそれほどの能力がないと。むしろ中村さん自身がそれぞれの利害対立のある集団の紛争解決に努力してよくそれを解決していた、ということを言っていて、ただ理屈としてはタリバンはイスラム法は理解しているわけだからそれに基づく解決というオーソライズができるけれども中村さんは恐らくは利害調整をしていただけだから、そこで本当の意味での納得が得られたのかどうかはどうなんだろうなとは思った。ただ、少なくともアメリカ的な一方的な紛争処理よりはマシだっただろうとは思うのだが。

第二章は中国がこれからどうなるかということだけど、文化大革命があったから改革開放が成功した、という話は本当かなと思いながら読んでいたけれども、大躍進は失敗して改革開放が成功したのは、文化大革命においては毛沢東のカリスマのもと中国の地主支配の構造=旧秩序が徹底的に破壊されて全て共産党による資源となったため、それらを使って資本主義化することが可能になったという考察だそうで、逆に言えばなかなかこれだけ大胆な考察は中国研究者にはし難いかもしれないなあと思った。

西欧や日本における「自由主義的資本主義」しか資本主義はないと思われてきたが、中国の「権威主義的資本主義」が成功しつつあるように思われる現状をどう評価するか、という話も面白いなと思うのだが、私の中では中国は今のところ開発独裁の延長線上にあるだけ、みたいな見解が結構強い。

ただ中国は「皇帝支配のもとでの経済発展」という2000年以上の歴史を持っている、という指摘はまあそれはそうだなと思った。システムとしての資本主義は政治的自由がなければ成立しない、という見解を否定するような現象が中国で起こっている、というのは私はどうも「それほどのことはないんじゃないか」という気がしてしまうのだが、独裁国家が国家主導で経済を発展し戦略的に重点分野に投資するということ自体は少なくとも今はそれなりにうまくいっていることは確かだ。むしろ日本の方が「自由の重荷」のようなものに喘いでいることもまた確かなので、これは比較資本主義みたいな感じでもう少し考えてみると面白いのだろうとは思う。


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