3.ジャンププラスの強み/「頼山陽の思想」:「思想を欲しがる人たち」に答えた「顕教としての日本外史」と「忘れられた密教」(11/25 07:39)


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11月25日(金)晴れ

昨夜は報道ステーションでワールドカップ・ドイツ戦勝利関連のニュースを見てからわりと早めに寝たのだが、目が覚めたのが3時半でどうも二度寝もできない感じになったので起き出して、朝の仕事をいろいろ片付けた。寝る間に今朝のTO DOをまとめておいたのがよかったらしく、あまり頭がごちゃごちゃしないで物事を片付けられた印象。こういう感じでやってみるか。

https://shonenjumpplus.com

つらつらと思ったことなど。ウェブ漫画といえばジャンププラスが独走しているが、他にもいろいろサイトはあって、ただジャンププラスほど見やすくないので習慣的には見に行っていないという感じ。ジャンプラの前から読んでいたDモーニングは今でも読んでいるが、これはモーニング本誌をサブスクで読めるというものなのでD独自の作品はそんなにはなく、ウェブ漫画に入れていいものか迷う感じはある。

ジャンププラスの良いところは読みやすさということもあるのだが、感想を投稿できるところもかなり良いと思う。アプリ版とウェブ版があるがアプリ版の方が読者数は圧倒的に多いだろう。感想数もアプリ版の方が何桁も違う感じだ。

ただ私が読んでいた初代iPadAirではもうiOSの更新が止まっているので先日の更新で読めなくなった。今は2代目SEのiPhoneで読んでいるが、やはりiPadほどの大きさがないので目が悪いせいもあり読みにくい。MacBookAirでウェブ版を読んでiPhoneで感想を投稿、みたいなことをやっているがなるべくアプリは古いOSでも対応してもらえるとありがたいのだがなあとは思う。まあ新しい機種を買えばいいといえばそうなのだが。

Dモーニングも読んでいて面白いと思うことはしょっちゅうあるので、「感想を書きたい!」という欲望が生じるわけだがこのアプリには感想を書くところがないのでぐぬぬ、となることもままある。その辺のところは幅広く考えてもらえるといいのだがなあと思う。

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「頼山陽の思想」第2章第2節第2項「権力の把持」読了。この項の後半は徳川幕藩体制の検討が行われているが、読んでいると山陽の幕藩体制理解は現代の標準的なそれの理解とほぼ同じように思われる。同時代にそれを理解し把握していたということは、山陽が透徹した洞察力の持ち主であったということだと思うし、また「理」「気」のようなイデアに属するものを見る政治哲学者ではなく、古今の政治思想や政治哲学を踏まえた上で権力構築の理論そのものを考察したかなり近代的な意味での政治学者であったということだろうと思う。

頼山陽は漢詩でナポレオンについて詠んでいたりするのでヨーロッパの歴史についての理解もない訳ではなかったと思われ、おそらくは蘭学者などとの交流もあっただろうしまた儒学を絶対視しない姿勢は国学者等との交流もあったかどうか、いずれにしても儒学を相対化する機縁がどこかにあったのだろうと思う。荻生徂徠なども朱子学を相対化しているのだが、儒学そのものの相対化のためには儒学以外のものが必要だったのではないかと思う。頼山陽は1780年(安永9年)田沼時代の生まれだが、本居宣長は彼より50年年長で、平田篤胤がほぼ同世代であることを考えると、平田がロシアの脅威を強く感じ最終的には平田神道を打ち立てたように、日本独自の学問を大成する宿願を頼山陽も持っていたのかなと思ったりした。

幕藩体制においては将軍は絶対的な君主であるけれども、それは将軍家と直属の家来である徳川四天王に始まる譜代大名たちと旗本御家人の封土と戦力があり、それに徳川・松平の親藩すなわち将軍一族が日本の国土のかなりの部分を支配するに至った結果でもある。将軍の軍事指揮権には服するが一応は独立した勢力である外様大名は仮想敵国でもあるが松平の姓を与えて仮構的な親族でもあると位置付けられているので、「一族は幕政に関わらない」という原則によって制度的に幕政から排除していた。幕政を担うのは中小大名である老中以下の小領主たちであり、彼らは「権=権力」はあったが「勢=戦力」はなく、大きな石高を持つために相応の戦力保持を義務付けられた外様や親藩の大大名は勢力はあるが権力はない、という形で互いに牽制させあって権力基盤を盤石なものとした、と山陽は称賛している訳である。


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