5039.「馬と少年」:勇気こそが高貴なる者の徳(06/27 12:46)


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神保町を出たのはもう4時半近くになっていた。急いで東陽町まで行き、5時閉館の東陽図書館に駆け込む。ルイス『馬と少年』(ナルニアシリーズ第5巻)とタイヒェルト『象徴としての庭園』(青土社)を借りる。

うちに帰ってきて『馬と少年』を読み始める。これは、私が一番最初に読んだナルニアシリーズの本で、最初から最後までナルニア世界で展開する唯一の話である。

初めてナルニアを読んだのは、たぶん小学校4年のときだったと思う。子供向けのホームズものや『ドリトル先生』シリーズを全て読破し、小学校の図書館の昭和20年代の古い本の中から日本史ものや(仁徳天皇の「民のかまどは賑わいにけり」やら孔子の「われ十有五にして学に志す」やら、楠木正成の桜井の子別れだの和気清麻呂の「天つ日嗣には必ず皇緒を立てよ。無道の人はよろしくはやく掃ひ除くべし」という宇佐の神託の話などのオンパレードだったので相当古い本だろう。今思うと平泉澄か?いや文体は違うと思う)、農業開発に命を賭けた先人たち(金原明善や玉川兄弟など:誰か知ってるかな)の話などを熟読していたころ、私の住んでいた場所に持ち込まれたのがこのシリーズだった。

その中で「馬と少年」を最初に読んだのは、たぶんタイトルが気に入ったからだろうと思う。もともと、最初から順番に読もうなんて性格ではないので、「ライオンと魔女」を読んだのはずいぶんあとの方なのだ。

ものすごく久方ぶりにこの本を読み直したが、このシリーズの中でこの本を最も好きだった理由が少しずつ分かってきた。シャスタという北から小船に乗せられて流れついた少年とブレーという物言う馬が一緒にナルニアを目指して旅し、途中でアラビスという貴族の少女とフインというもう一頭の物言う馬とであい、一緒に旅をする。漁師の奴隷のようにこき使われていたシャスタは位の高い少女や誇り高い軍馬に最初は気後れしている。カロールメンという彼らが抜け出そうとする国の首都タシバーン(これは今読むとイスタンブールやカイロのイメージが重ねられている)ではぐれた彼らのうち、アラビスはナルニアを脅かす密談を聞く。シャスタはナルニアの隣国・アーケンランドの王子と間違えられるが、やがて戻ってきた王子との間に友情が生まれ、(このあたりはマーク・トウェインだ)シャスタは落ち合う場所の古代の王たちの墓場に向かう。

墓場でアラビスたちを待って孤独で不安な眠りに落ちるとき、いつも大きな猫が寄ってきて背中合わせに寝てくれる。シャスタたちはここで再会し、砂漠を渡り、アーケンランドに入るが、そこでライオンに襲われ、ブレーは一目散に逃げるが、シャスタは飛び降り、ライオンに立ち向かい、「帰れ!」という。ライオンはなぜか、後ろ足で立ったまま後ろを向き、立ち去る。

実は墓場の猫も、このライオンも、ナルニアの神であるアスランなのだが、ただ逃げるばかりだったブレーは自分の行いを恥じ、みながシャスタに負けたと思う。この旅の中で、最も惨めで最も寄る辺なかったシャスタが最も高貴になっていく。

シャスタの生まれについてはやがて明らかにされるのだが(まあこれだけあらすじを書けば分かるが)、「勇気こそが高貴なる者の徳である」という全編を貫くテーマがここに最も端的に現れている、ということに読んでいて気がついた。というか、勇気こそが高貴なる者の徳だというテーマ自体、昨日読み直していてはじめてはっきりしたことなのであるが。

シャスタは、主観的には実はあんまり変化しない。そういう心理描写もない。しかし、明らかに気高い方向に向かって進化し、最後にその出生と将来が明らかにされる。はじめシャスタを馬鹿にしていたブレーやアラビスも、ライオンに立ち向かった勇気によって、誰が真の高貴なる者であるかについて悟らざるを得ない。

このさりげない貴種流離譚というか、密やかに体内に眠っている高貴性の目覚めというか、そういうものがたまらなく私を揺さぶるのだと思う。

そのほかの登場人物、特にアーケンランドのリューン王は、長い間自分の大人としての人物像の理想だった。みなが苦しいときに、誰よりも粗末なものを食べ、誰よりも立派な服を着て誰よりも大声で笑って見せるのが王者だ、というリューン王の言葉は、別に王者ではないけれども、子供のころから自分の理想の大人だった。もちろん、残念ながら実際にそんな人に出会ったことはないし、現在の自分もまたそういうものとは程遠いのだけど。

この「馬と少年」は徹頭徹尾明るい。性急で愚かなカロールメンの王子はロバに変えられ、一生首都を離れられず、愚劣王ラバダシと呼ばれ、そののち愚か者はラバダシ2世と呼ばれるようになる。これはもちろんジョン欠地王のパロディだが、中学時代にイギリス史を読んでジョン2世の話が出てきたときの驚きと興奮は今も忘れられない。ナルニアにはこういうパロディや引用がさりげなく埋め込まれていて、今でも読むたびに時々発見する。


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