昨日は午前中松本に行っていたり、甥姪が来たりしていたので忙しかった。犬養道子『ある歴史の娘』を少しだけ読んだが、あまり進まず。ただ当たり前だが、当時11歳だった犬養氏にとって5.15事件がいかに重大な出来事であったか、ということはよくわかる。当時の首相官邸の人々の息遣いが伝わってくるような感じがする。
今回の総選挙は東京と地方の争いだと指摘しておられる方がいるが、県連レベルで見てもまさにそういう様相を呈してきた。私の今いる長野県でも村井県連会長が郵政に反対したため辞任し、新会長のもと村井氏の公認を党中央に懇願するということになるようだ。
長野県は懇願派だが隣の岐阜県はもっと過激な様相を呈しているらしい。野田聖子をはじめ三人の造反議員を抱える岐阜県連ははっきりと反旗を翻し、中央がもし対立候補を立ててきても応援しない、応援したら処分する、としているという。
岐阜県といえば、あの田圃の真中に岐阜羽島駅を作らせた自民党草創期の大物・武闘派で知られた大野伴睦の地元であるし、(そう言えば大野は元衆院議長であった)古くは板垣退助暗殺未遂事件(つまり、「板垣死すとも自由は死せず」、の)がおこり、最近では産廃問題で改革を進める御嵩町長が殺されかかった、ということも記憶に新しい。今回そういうことが起こりはしないだろうが、なんとなくそういうこを想起させる岐阜県連の反乱宣言であった。
岐阜が一番突出しているように思われるが、それでも心中郵政改革に反対する地方県連は多いだろう。だから東京と地方の対立という構図が見えてきているわけだ。
が、いったい小泉首相はなぜ自民党総裁になれたのか、ちょっと考えてみる。当初は圧倒的に不利だといわれたのに、田中真紀子と組んで小泉ブームを巻き起こしたということはもちろんあるが、その前に総裁選の規約改正があって、都道府県連の票数が増やされたことが大きく左右しているのだ。県連の投票が圧倒的に小泉一色だったために、現職議員もなだれを打って小泉に投票したのである。つまり、今から考えると意外だが、小泉首相は地方の、県連の強い支持によって思いがけなく総裁になることがで来た人物なのである。
そういう小泉首相が県連を完全に敵にまわすことは出来まい。議員個人を干し上げることは可能でも、県連の組織にあまりに恫喝的なことをやってそっぽを向かれたら自民党自体も小泉首相の支持基盤もがたがたになる。
今のところ小泉首相の先制攻撃がうまく行っているという局面だが、今後局面が変わるとしたら岐阜からかもしれない。
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NHKの番組で日本の空襲についてのカーチス・ルメイの責任についてやっていた。あまり良く見ていないのでそれを見た方のブログなどを参考にして全体像を知ったのだが、空襲の方式について、精密爆撃と絨毯爆撃のどちらを選択するかで、ルメイの主張する絨毯爆撃が採用されたということははじめて知った。米軍側の作戦史料が徐々に公開されてきているということなのだろうか。
ただ、ルメイといえば小林よしのりの『戦争論』などでも指摘されていたが、焼夷弾攻撃による日本の都市の完全破壊の元凶であることは知られていた。「我々が負ければ、私は戦犯になるだろう」とルメイ本人が言っていたという話もある。「人道に対する罪」にあたる作戦であることは十分自覚していたのだろう。(と書いてきて思ったが、もう既にそういう事後法概念で戦犯裁判を行うことは米軍内では決まっていたのだろうか)
しかし、昨日の放送でやったかどうかは知らないが、ルメイは戦犯になるどころか戦後日本の航空自衛隊創設に尽力したという功績によって日本政府から勲章を授与されているのである。そのルメイの思いは、罪滅ぼしだったのか、それとも。いずれにしても、私個人としては冗談ではないという思いはある。
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夜半はずっと大雨だった。今はあがっている。空はまだ曇っているが、だいぶ明るくなってきた。