4893.知識人の悲観的な晩年/小説に施されるあらん限りの仕掛け(03/31 10:20)


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なんというのか、おそらく私が不満なのは、登場人物の誰にもまったく思い入れが出来ないところにあるのだろう。一番思い入れが出来そうなのは一番けしからん時平である。これは解説の千葉俊二の指摘だが、他人の妻を強奪した谷崎自身が時平に共感し、彼を躍動的に、暴力的な男性的エロチシズムみなぎる存在として描いているという指摘には思わず手を拍った。その時平も菅公の御霊に取り殺され、関係者の男たちは皆死に絶え、残るのは幼児であった滋幹と美しい母だけとなる。そこに残るのは、すでに意志ではなく、幻想的な美のみである。

まあそんなふうに書いてみると、確かにこの小説の仕掛けはたいしたもの、というより私などには想像もつかないものだったなと思う。この作品の結構は、絵巻物のようなもので、少しはなれて全体を見渡して部分が構成するそれぞれの美しさや凄惨さを味あわなければならないものなのだなと思う。少し人生とかそういうものに突っ込んだ話題のできる茶席などにかける一幅の絵とでも言うべきものだろうか。そのように考えると谷崎という絵師は相当な腕前だなと唸らされることになる。小説にはいろいろな読み方があり、読者の読み取り能力にあわせてあらん限りの工夫がなされているのだなと改めて思わされる。やはり傑作なのだろうと思う。私にはまだ完全には得心がいったとはいえないが。

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