4.呉座先生盗作批判騒動を読んで思ったこと/「東大法学部を優秀な成績で卒業」という「低学歴」/日本で「反知性主義の民衆反乱」が起こらない理由(01/14 08:29)


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インターネット、特に私がよく読んでいるツイッターでは常に論争や炎上、「ホットな話題」のやり取りが盛んに行われているわけだが、私も時々ブログ等で取り上げてみたいなと思うことがある。その多くは専門的な内容も含んでいて、あまり下手に手を出すとこちらがやけどをしてしまいかねないことも往々にしてあるのだが、あまりそういう面での深入りはできないにしても切りようによっては自分なりのとらえ方について書けることもあるので、そういったことを斜めに切っていくのも面白いかなと思う。

最近面白いなと思ったのは、日本中世史で今や第一人者と行ってもおかしくない呉座先生の「日本国紀」批判の書評に対し、官僚出身で歴史関係を取り上げて書いておられる作家が自身のフェイスブックで自分の盗作だと批判した文章が話題になり、それが妥当でないと批判を浴びたという出来事があった。

私がこれを読んで思ったのは、おそらくはその作家氏が筆が滑ったのだろうと思うのだけど、その背景には官僚の方々の間にぬきがたくある、「自分たちは学者=アカデミストより優秀だ」という観念が反映されているのではないかということだった。

今の大学改革の議論にしても、たいていは財務官僚やその意図を受けた人たち、あるいは政治家が学者の方々を「世間知らず、世界を見ていない、(はっきり言えば)役立たず」と批判していることが多い。たまにノーベル賞を取られた学者先生の教育行政批判があってもかなり強引にスルーしている。そしてツイッター世間などではかなり学者サイドの方々のそれに対する悲憤慷慨や批判の発言もあるけれども、マスメディアにはほとんどそれが反映されていない、という実態がある。

逆に見ると、世界的に見たら日本の官僚・政治家たちが世界での発言力が弱い原因として、日本の官僚・政治家たちの「学歴が低い」ということが言われている。つまり、世界的に見れば官僚や政治家は多くマスターやドクターを取って専門的な見識の深い人が多いのに、日本の官僚や政治家は多くが学部(東大法学部)卒で、バチェラーしか持っていない、外務官僚に至っては法学部中退の人さえ多くいる、というわけである。

「東大法学部で優秀な成績」というのは日本国内では、とくに『庶民』に対しては威光があるだろうけど、世界的には「それで?」ということに違いなく、それに関してはある一定のコンプレックスもなくはないだろうと思うが、日本の官僚制度では大学院など行っていては出世できないわけで、そのあたりのジレンマがきついのだろうと思う。

大体、大学入試の時点での学力はともかく、専門的な見識で言えば、数十年自分の分野を研究してきたスペシャリストである学者に、ジェネラリストとして与えられた仕事をこなしてきた官僚が敵うと思う方がもともとおかしいのだが、そのへんは官僚の方々は認めないようで、「自分たちの方が視野が広い、実社会や世界と渡り合っている」という自負だけで「自分たちが学者の専門分野においても勝っている」と思いたい感じが常にありありとしている。

学者の方々も確かに「世間知らず」の面は認めざるを得ない点はあるのかその辺は慎重なことが多いが、しかし昨今の「大学改革」によって学問の場自体が破壊されようとしている現状においては、悲憤慷慨するだけでなく積極的に行政批判をする方々も現れてきたのだが、なかなか大きな勢力にはなっていないようだ。

このあたりの構図というのはどこかで見た覚えがあるな、と思ってつらつら考えてみると、『源氏物語』に似たような話があったのを思い出した。これは確か吉本隆明氏だったかが指摘していたことのような気もするが、「少女」の巻に光源氏の長男・夕霧の教育をめぐっての教育論が語られていて、学問的な見識である「漢才」と、実務能力である「やまとごころ」のどちらを重視するかという議論があるわけである。源氏物語で描かれている学者というのは形式的なことにやたらうるさく源氏を困らせている仕方がない人たちというのが一般的なイメージだが、もちろん紫式部本人が漢籍に造詣が深いこともあり、学問の重要性自体は源氏は強調している。実際に実務についたときに重要になるのは実際の事柄一つ一つに臨機応変に対応していく「やまとごころ」がだが、先ずは学問そのものを身につけることが重要であり、それは十分に考慮されてこなかった、というようなことを言っていて、第一の貴顕の出である夕霧を学問所に入れるわけだ。当時の藤原氏、道長流が必ずしも学問を重視していなかったことへの批判があるのではないかと思う。

藤原氏も少し遡れば貞信公藤原忠平ら漢風諡号を持つ人たちがいるように学問(漢才)が重視されていたわけだが、いわゆる文化の国風化とともにその辺はなおざりになってきたのだろうと思われる。


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