3673.ブログと文章(09/04 20:49)


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しかし言いたいことは言う、失うものはもはやない、というのはある種スタンスとしては解放的だ。しかし逆に、今まで敵を作らない生きかたをしてきただけに、世界が敵に満ちているという被害妄想的な感覚に囚われることもあるようになった。これは9年前に教育の現場に絶望して仕事をやめたときに最も強くなっていたのだけど、もうそれが自分の心に悪い影響を及ぼすことが分っていても、本音を言える自由を確保しておかなければ生きて行けないと思いつめた。で、おそらくは精神的に相当危機的な状況にあった期間も長くあったのだが、つまりは何年間かそれに耐えてきたわけだ。

その期間は耐えに耐えていたのでそうしたこと、日本的価値観を書き出すと我ながら教条的だと思うようなことでもとにかく書かないと自分の心が死ぬと思いつめた面も強く、しかし書くことで敵を作らない息苦しさからは逃れることも出来てほっと息がつけるという側面もあった。しかしやはりそれだけでは自分の中で何かが死滅していくということも事実で、ほんとうには何をやりたいのかということがますます見失われていくもどかしさから逃れることはできなかった。

一つのきっかけは、友人に紹介されたジュリア・キャメロン『ずっとやりたかったことを、やりなさい』のエクササイズを実行したことにある。このエクササイズは、今でもモーニングページという形では継続させている。一時はこのエクササイズにかなり「かぶれた」感じになり、紹介してくれた友人本人からもおかしいといわれてしばらく交友関係を絶つことになるくらいまで入れ込んだ。別のリアルの友人ともこのことをめぐってかなり強く対立した。

今となってはキャメロンのレッスンの眼目というのはつまりは自分にはやりたいことがある、それは一見子どもっぽいことに見え、それを持つことが自分にとって不名誉なことであるかのように思われがちだが、それこそがほんとうに自分に大切なことなのだ、ということに気づかなければならないということに尽きる。私はその線に沿って自分の中のさまざまなことを掘り返してその残照、その余熱のようなものを感じてきたのだけど、今一度それをやらなければならないと思う単一のことに出会うことはなかった。そういう意味ではキャメロンのレッスンは、ストレートには成功しなかったということになる。

しかし、キャメロンのレッスンが終わっても私は自分の人生のさまざまな局面を振り返ることそのものをやめはしなかった。苦しい模索は続いたけれども、仕事の局面が変わったこともあり、自分自身の探求もそれなりに楽になってきた。

一番苦しかった時期は仕事をやりながら修士論文を書き、離婚問題も抱えていた10年前で、仕事からへとへとで帰ってきて1時間しか寝ないでよくわからないフランス語の文献を読み、論文を書く、といった日々が数か月続いた頃だ。あの頃はもう自分が自分でないような感覚になっていたのだが、とにかくこの段階を過ぎれば先は見える、と自分に言い聞かせてやっていた。しかしどうにもならないのではないかという気分もなんとなくあって、結局離婚し仕事もやめて研究も途絶するということになり、退職の数日前に入院する破目に陥った。

まあそんな目にあったのでこのころのことは思い出すのも嫌で、しばらく研究の継続をできる機会を探してもいたのだがそれをあきらめてからは自分の研究分野自体を調べることもなくなっていた。それが最近になってモンテーニュの伝記(堀田善衛『ミシェル 城館の人』)を読み始めたことでまた自分の研究分野のことを思い出し、久しぶりに論文を引っ張り出して読んでみたら思った以上に充実していて面白いということにはじめて気づいた。そのとき初めて自分のやってきたことは間違いではなかったと思ったし、自分のやってきたことに自信をもてたように思う。一番苦しい時期は、苦しんだだけのことはあったのだと思えたら、自分の中の淀みのかなりの部分が浄化された。

そこで自信が持てると、後はそれなりに頑張ったことどもはそれなりの自信を持てることになる。絶対的な自信の基準みたいなものができたことで、その他のことに対する自信も相対的に位置付けが可能になったのだ。

ここでようやく、キャメロンのレッスンの神髄が理解できたということになるのだと思う。自分の苦しんだ時代を解剖することはかなり辛いことだ。しかし、そこに自分の秘密があることは本当は多いのではないかと思う。特に大人になってから苦しんだ時代は貴重な自分の財産だ。もちろん自分が自ら苦しみを引き受けて主体的に取り組んだ経験でなければならないが。

今になってようやく、自分の人生のさまざまな局面を客観的に、パノラマ的に見ることが出来るようになった。そうなるとひとの取り組みもまた興味深く見ることが出来、そこから刺激を受けたり触発されたりすることも可能になってきた。本当の意味での志が自然に生じてきた。


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