3506.一人歩きする言葉(02/27 19:05)


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今日は雨。だったり、雪だったり。午前中に松本に出かけ、午後は疲れが出てぼおっとしていた。つまり特筆すべきことはなし。無理して気を張っていた部分が解除されると、疲れがどっと出てきて、そういう状態で横になっていると思考もなんだかマイナスのことばかりになっていく。しかし起き上がると急に強気が出てきたりして、体のそのときの状態が気の持ちようにストレートに反映されるのはどうなんだろうと思う。

整体指導室で野口晴哉『叱り方誉め方』をぱらぱらと読む。含蓄のある誉め方、叱り方。注意をするということ、指導をするということは、そのときそのときの真剣勝負なんだけど、なかなかこれでぐっとよくなる、というようなことを言うのは難しいことだ。指導をする相手よりも何枚も上からその人の将来まで見据えた上で指導しつつ、その場での問題も解決していかなければならない。その場での問題にとらわれていると先が見えなくなるし、先のことばかりいっていても今どう行動すべきかという具体的な方向付けが出来ない。人を指導するというのは本当に難しいことだと思う。そんなことをほんとうには考えず、長い間そういう仕事に携わってきたのだが、そういう経験がなければわからないことでもあるとも思う。

指導というものは、指導される側のよりよい生の実現にプラスになるものでなければならない。常にそのことを考えてはいるのだけど、目の前のこと、足元のことを見ると同時に遥か遠くまで見通さなければならず、また場合によっては過去のことも参照しつつしなければならないわけだが、指導について一つ気がつけばその分だけ道の遠いことを実感するというのが正直なところだ。何も考えてないころは気楽なものだったが、しかしそういう自分に実際には満足できなかったことも、言葉にならない不満の原因の一つだったのだ。

「人を見て法を説け」という。これは仏陀の言葉だが、仏陀にしても孔子にしてもソクラテスにしてもあるいはキリストにしても、具体的な目の前にいる人に対して言葉を与えていたわけで、体系的な書物は書いていない。だから彼らは指導者ではあっても著作家ではなかった。仏陀の教え、ソクラテスの思想といっても後の人がまとめたものだ。彼らはその場その場で真剣勝負で指導していたんだろう。

しかし言葉というものは一人歩きする。一人歩きする言葉の性質を逆に利用したものが著作というものなんだろう。つまり著作家は、一人歩きしやすい言葉をうまく御しながら体系を組み立てていく技が必要になる。

しかし、その言葉の扱いが巧みな人ほど、その一人歩きする言葉に絡め取られる危険が高い。内田樹は村上春樹のエルサレムスピーチに出てくる「システム」という言葉を言語体系、つまり「記号」ととらえた。著作家という名の表現者は常にこの「システム」に取り込まれやすい。現代の指導者たちは多かれ少なかれ著作家であることが多く、そのこともまたそのことがもたらす危険の不可避性を暗示する。著作家は、人を見て法を説くことが基本的にできない。読者層は想定しても、それは本質的に想像上の読者に過ぎない。多くの人に届く言葉は、それだけ一人歩きのできる言葉であるわけだけど、心に届くからといってそれが読み手一人一人のそのときの状況にとって的確な言葉であるとは限らないのだ。下手に心に届いてしまったために大変なことになる例も多いことは、多くのカルト事件などを見るまでもない。

著作家であるというのはどういうことなのか。より読まれる作家というのは当然、より多くの読者の心に届く言葉を書くのに長けている。その言葉が読み手の人生を動かすことも少なくない。本当に必要な言葉と、心に届いた言葉のずれというのはやはり絶対にあることで、そのことにどう対処すればいいのか。まあそんなことを考えているとものなど書けなくなってしまうけれども、そこで敢えてものを書く以上、そうした可能性について意識しておく必要は絶対にあるだろう。

そういうことを考えるのは、私が表現性というものよりも指導性というものをより意識する人間だからなんだろうと思うが。

まあそれを物語や小説で書くのは、ストレートにツボをつく言葉ではなく、含蓄のある言葉・表現として書いておくことで、その人自身が本当に必要な形で吸収してもらえる可能性に賭けているということでもあるのかもしれない。箴言とか比喩とかつまり必ずしもストレートでない表現の方が心に残りやすい、心に残るということは何かが引っかかるということで、それを心が解釈し吸収するのにタイムラグが発生し、それだけ深く心に刻まれることになるということなのだろう。つまりそこに読む人の心の主体性が働く場所が提供されるわけで、ただ受動的に受け取るだけの言葉では心は反応しにくい。いわゆる正論が人の心を動かさないのはその故だ。


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