18.知的生活と創作的環境/合理主義とギリシャ/合理主義と保守と反知性主義/ハマスとテロと北朝鮮(11/22 06:46)


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ここで言う「合理主義」はデカルト以後の近代哲学ということではなく、理解のできない物事に対して合理的な説明を求めるという思考の傾向のことであり、インドにしろ中国にしろ日本にしろその他の世界にしろどの世界でもそれなりに合理的な説明をしようという傾向というのはあったと思うが、その中で特に近代西欧世界を経由して現代世界のスタンダードとして続いていると考えられるのがギリシャの合理主義的(いわゆる哲学的)思考ということになるかなと思う。

ギリシャの合理主義的思考というのはやはり特異なものがある感じはして、小室直樹もギリシャから西欧にかけての思想が世界を支配するようになったのは数学的思考があったからだ、みたいなことを書いていた。今その著書が(家の中の)どこにあるかわからない(父の死後だいぶ蔵書は整理したのでもうないかもしれない)が、自分が持っている本の中にある可能性もある。

数学的というのも哲学的というのも言いたいことの本質はおそらくここでいう「合理的思考」ということであって、ゼロを発明したインドもその後は超越的な思想の方に行ってしまったり、中国も階級社会から官僚的支配体制の固定化の方向に社会の安定を求めたりしているわけで、合理主義を軸に社会を作っていこうというのは、「アゴラにおける対話と議論、説得と証明、巧みな弁論」など、つまり言論の重要性に基礎を置いた、そういう意味での「民主的社会」を基礎にもつギリシャ・ローマ・ゲルマンなどの伝統を意識し、ルネサンス以来その伝統をより復活させつつ議会制という形でより多くの声を反映する社会を作り上げたことが西欧社会の強さになった、ということはあるのだろうと思う。

そういうギリシャ以来の伝統について考えようと思い、平行してギリシャ学者向坂寛著の「対話のレトリック」、ブラン「ソクラテス以前の哲学」(これはミレトスの自然学派の哲学とピタゴラスの教団を淵源とするギリシャ哲学の歴史を素描しているようだ)、また「地中海・ヨーロッパ世界における知の所蔵庫」出会った修道院についての今野國雄「修道院 祈り・禁欲・労働の源流」を平行して読もうと思っている。

当然ながら「神話学入門」は神話学についての本であって合理主義の問題について主に書いているわけではないので第一部まで読み終えてから読書方針をまた考えようと思う。

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私が保守主義について書こうと思った一つの理由は、「保守」という言葉をめぐる混乱があるので自分なりに整理したい、というのがあったからなのだが、もちろん政治運動に関わるものはその状況によって同じ言葉でもコンテクストが変わってきたりすることはよくあることだからまあ運命的な意味で仕方ないことではあるのだが、ただ自分の言いたいことや世の中で今保守と言われているものがどういうふうに仕分けされるべきかみたいなことは言っていかないといけないところがあるようにも感じたからだ。

今ネットを見ていると最近結成された「日本保守党」というのがある程度の勢いがあるように感じられるのだが、それらについての問題性のようなものも感じるということもあるが、もともと彼らも日本で「保守」と言われてきた層の一部が凝集力を持って出現したに過ぎない、という面もあり、ここは整理しておいた方がいいというところもある。

「保守」という言葉を近年自らの思想を語るものとして使っていた人では西部邁がいるわけだが、彼のいう保守主義は決して反知性主義でもなければ反動主義でもない「合理性」のある思想である。

というのは思想史における「保守主義」というのは主にイギリスで発達した思想で、フランス革命の急進的合理主義・設計主義に反対したエドマンド・バークを始祖として、ニーチェなどを批判したGKチェスタトンや対話や静かな生活を重視したマイケル・オークショットなどの思想の系譜であり、西部が拠って立っていたのもそういう思想だったと思う。

左翼と保守派の対立点は左翼から見たら保守がいわゆる「保守反動」に見えたのに対し、保守から見れば左翼急進主義は「デカルト的合理主義のみを推し進め自分達の誤りに気がつかない」科学を主張する急進主義者たちであって、保守を主張することはそれらに対するアンチテーゼであり、西欧的伝統が作り上げてきた伝統を重視する合理主義的立場からの反論、ということになる。

ただ一方でいわゆる保守派の中に戦後特に左翼的傾向が強くなってきたアカデミズムに対する反発や、アメリカの反ワシントン政治の文脈から出てきたトランプ主義、メガチャーチのエヴァンジェリスト教会を背景にもつキリスト教保守主義・原理主義などの反合理主義的傾向、「反知性主義」的な動きもあることは事実だろう。

彼らは今イスラエルで政権を取っているいわゆる「右翼ポピュリズム」であって私が考える「保守」とは別物なのだが、もちろん自らポピュリズムを名乗る政党はないわけで、より穏健な「保守」という看板を背負うことにしたわけだから、先に述べたような保守の立場からすれば割と迷惑ではある。


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