16.イスラエルで差別される中東ユダヤ人とネタニヤフ政権の強硬政策/弁論術とネットバトル/岩波新書と教養への憧れ(11/24 06:39)


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連日書いているようにいま家の中や職場に置いてある本の整理、特に岩波新書を集めているのだが、なぜ自分が岩波新書にこだわるかというと、子供の頃父の書斎で見た岩波新書の青版のタイトル、武谷三男「物理学入門」遠山啓「無限と連続」田中美知太郎「ソクラテス」清水幾多郎「論文の書き方」丸山眞男「日本の思想」といった背表紙の文字が、無意識のうちに自分の心にこういう知的世界への憧れを育てたのだよなということに思い当たったからである。その記憶とともに、岩波新書は懐かしい思い出の中にもある。青版の時代は特に、その時代をリードしていたといまならわかる知識人の名前が並んでいて、その知的世界の広さのようなものを改めて感じている。

知的教養というものは、無用の長物であるとか上層階級のマウントに使われるものといった反感みたいなものが最近は結構見られるけれども、本来は「芸は身を助く」みたいなものであって、ゼレンスキーが世界に共有されている知的世界の伝統に根ざした雄弁な演説によって各国の支持を引き出したことを考えれば、ああいう世界に共感を持たれる政治家の存在が国家の存亡の時には必要だということは明らかで、それが今まで一番できたのは安倍元首相だと思うのだが、彼の場合は普通の(学者的な)意味での教養というのとは少し違うが、世界を理解したいという意欲が常にあった人で、それゆえに多くのブレインを抱えていたとは思う。そのブレインの質がどうだったかということはあるのだけど、むしろ生き残りの技術としてこうした教養教育は行われるべきかもしれないと思ったのだった。

だいたい言いたいことは断片的にしろ書けただろうかと思う。ふと思いついたことでもそれを文章にするにはかなり展開しないといけない場合もあり、そういう時はどうしても長くなってしまう。どう苦労しても書くことが全然出てこない時もあるのに不思議なものだなと思う。


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