15.大宇宙開発時代に「コズミックフロント」終了/イスラエルの新聞「ハアレツ」の立ち位置/経済学が倫理的であるべきこと/より良い対話の技術としての弁論術(11/25 08:21)


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「対話のレトリック」を読んでいて、ソフィストのゴルギアスが弁論術の練習問題的にトロイ戦争の原因になった傾国の美女ヘレネ―を弁護した内容が書いてあった。彼女はトロイの王子パリスと駆け落ちしてギリシャ側がトロイを攻撃したわけだが、「ヘレネーは悪くない」と弁護する思考実験ないし弁論の訓練みたいな内容である。

ヘレネーがパリスと駆け落ちした理由は4つ考えられる。一つは神の意志によるもの、二つ目は暴力で脅されて、三つめは言葉で説得されて、四つ目は愛欲に溺れて。神の意志なら人間にはどうにもできないし、暴力で脅されたならヘレネーに責任はない。言葉でだまされた、ほだされた、かどわかされたなら説得した方に責任がある、愛欲に溺れたなら「恋は堕ちるもの」でありどうにもできない、だからいずれもヘレネーに罪はない、という主張。これは、「どんなことでも弁論できる、特に実際にあったことをどう自分を弁護するか、事実であることを認めても有害ではないとするか、悪ではないとするか、恥ずべきことではないとする」という練習だという。

ヘレネーの例は何というかホストに入れ込んで転落した女に罪はない、みたいな話によく似ている。どちらも恋愛感情を利用していると考えられるわけだが、男が女に恋愛感情を利用されて金を注ぎ込んでも男が馬鹿だったという話で終わることがほとんどなわけで、そのあたりに非対称性があるのはおかしい気がするが、法律と恋愛「感情」という問題はストーカーなどで法規制がなされてはいるが、グレーゾーンと思われる部分もばの実に多いなとは思う。恋愛というのは実際のところ、最も人間らしい行動であり、最も馬鹿馬鹿しい愚行とも考えられるわけで、その辺りのところと責任能力とか法律というものをどうマッチさせるかというのは恐らくは永遠の課題なのだろう。

この本でへえっというかなるほどと思ったのは、「弁明」はヒューマニズムの精神であるという指摘で、これはいう側も遠慮せず聞く側も耳を貸す努力を払うべきだ、という部分だ。これは「弁明は男らしくない、ないしは潔くない」という日本人的な価値観と対立する部分なので良く考えてみないといけないなと思う。

実際、自分が自己弁護するときもまずは非を認めて謝罪し、相手の心情を和らげてから実はこうで、みたいに事情を説明することはよくある。まあ、相手の心情が和らがなければこの手は使えないわけだし、相手がもともと悪意を持って攻撃してきた場合には謝ったら負けみたいなこともあるわけだから、自分を正当化しつつ相手の弱点を批判する、みたいにもなりがちではある。近年ネットバトルも多くなってきているから、この辺のところもよく研究する必要があるなとは思う。まあどんな時にもいきりたたず穏やかな口調に丁寧に進めた方が自分の感情的にも対処の仕方としても良い場合が多いだろうなとは思うのだが。この辺はもっと勉強すべきだなと思った。

ただ、ここで大事だと思うのは、弁論術というのは民主主義社会だからこそ対話の技術としても重要だということで、「相手に勝つための技術」と捉えるよりも、民主主義社会において「よりよく対話するための技術」と捉えた方が生産的だなと思ったのだった。つまり、相手の話を聞き、その真意を引き出すためにも弁論術は有効で、そのためには「相手の主張に耳を傾ける努力」もまた必要なのだなというところだなと思う。まあ正直この辺はケースバイケースと言わざるを得ないところもあるが、うまく自分の主張ができない人などに対しては、こういう考え方は持っていた方がいいとは思った。

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https://frieren-anime.jp

昨夜は「葬送のフリーレン」のアニメ12話をみてから寝たのだが、割と早く目が覚めてしまい、やはり寝る前にあまり新しい情報を入れない方がよく眠れるなとは思った。起きてから「2.5次元の誘惑(リリサ)」151話「私のつばさ」を読んだのだが、寝る前に読まなくて良かったと思った。読んだらまたいろいろ考えてしまいそうだった。どちらも良かったです。「対世界用魔法少女つばめ」はこれから読みます。

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