また権力の中枢に近いところでこのような書が書かれたということはある意味徳川幕府の中枢に近い水戸藩で尊皇反幕イデオロギーの根源となった大日本史が書かれ水戸学が発達したことと似ているかもしれない。
ただ内容としては源氏の執政は事実上「天皇の父」として行われたものであり、「藤原氏の娘」である葵上や「天皇の娘」である女三宮を正妻に迎え、しかし心の正妻はあくまで紫の上であるというまあこれも考えてみたら微妙な話であるが、ある種の純愛物語でもある。
宇治十帖はこの女三宮と柏木の不倫の子である薫が主人公になるというまたねじれがあるわけで、葵上との息子である夕霧は権力者ではあるがあくまで脇役である。この辺りはかなり夢幻的になり仏法の無情感が強くなってくる感じがあるが、全体としては光源氏という「皇親」が光り輝いた物語、ということになると思う。
このあたりは専門ではないのでもちろんある種の思考実験に過ぎないのだが、例えば外国の研究者とかだったらそういうことは考えつくのではないかというような話である。
つまり、「源氏物語」という皇親政治のイデオロギーの書が、現実に「院政」という「天皇の父による統治」という現実を引き寄せたのではないか、という考えである。
藤原氏の統治自体が他氏の権力掌握ではあったがそれは「天皇の祖父」という形をとっての統治だったわけで、「皇親政治のバリエーション」であると言えないことはないとも思う。院政が成立したのは前段に外戚政治があったということもあると思うし、源氏物語の影響があったのかどうかは、ちょっと調べてみてもいいことなんじゃないかという気はしたということである。まあ思ったとしても源氏は事実における「天皇の父」ではあっても不倫によりそれを達成しているわけだから大っぴらに主張できるようなことではないわけであるけれども。
あと、もう少し思ったのは院政を含めた「皇親政治」の息の長さという問題である。院政の成立後は紆余曲折を経ながら明治維新まで形式上はそれが続くわけだけど、最大の中断は後醍醐天皇の建武の新政による中断だろう。院政が藤原氏の摂関権力を統制するようになり、軍事貴族(武家)が摂関家や院政の軍事的な手足として動くようになると、その中から台頭した平氏や源氏が大きな権力を握るようになり、承久の乱以降は院政自体が関東の統制下に置かれるようになる。それを打破して天皇親政を復活させたのが後醍醐天皇だが、武家権力を味方にし続けることができなかったため、武家権力と院政権力の合体としての北朝に対抗して天皇親政イデオロギーの南朝として延命を図ることになる。
南北朝の合一以降は北朝と足利氏の公武合体的な体制になるが地方に権力基盤を構築しつつあった守護大名や国人勢力に脅かされ、地域を基盤とした戦国大名が各地に蟠踞するようになるが、これは鎌倉時代以降生産力を上げつつあった農村社会において、流域的な農業用水や治水対策など、荘園体制下の小地域的統制では限界を迎えつつあったところに地域統一権力としての戦国大名の力を伸ばす余地があり、信玄堤などの事業を可能にしたところに地域権力としての戦国大名の成功があったのではないかと思う。
そして将軍権力も地域権力を頼りにするようになり、足利義昭の支持勢力として権力を確立した織田氏が実質的に権力を握り、織田氏の内紛の中で秀吉が「関白」という形で「公家化した武家」として全国統治体制を築き上げたが、武田氏滅亡と織田氏の内紛の中で今川氏の旧領だけでなく武田氏の旧領も支配して急成長した徳川氏が豊臣氏と対抗しつつ臣従し、国替えで平安時代中期以来機内に対抗するオルタナティブ権力後である関東を支配することによって、豊臣政権内での権力を握り、その内紛の勝利によって豊臣氏の蔵入地を他大名に与えることで豊臣氏の権力基盤を削ぎ、自ら征夷大将軍になることで豊臣権力内での自立を図り、最終的には豊臣氏を滅ぼして全国権力を握るが、事実上は多くの地域権力の連合体としての幕藩体制を築いた、と言えるのではないかと思う。
幕末の混乱も文久の幕政改革によって事実上の雄藩の幕政参加を実現させると「公武合体という幕府及び地域権力の連合体が天皇を支える」という形を目指したがそれに異を唱え「天皇親政」を主張する長州藩激派勢力との闘争の結果、薩摩藩を取り込んだ後者が政権を握り、「錦の御旗」によって親政の回復を宣言した「新政府」が戊辰戦争の過程の中で地域権力を屈服させていくが、収公した徳川家の領地だけでは新政府の財政を賄えなかったため、「連邦制=諸藩連合政権」への移行は不可能と見て、ドラスティックな中央集権化である廃藩置県を断行することで明治政権が確立された、みたいな流れになるのかなと思う。
近代日本がイギリス型のゆるい中央集権国家でもなく、ドイツ型の連邦国家でもなく、フランス型の中央集権国家になったのはなぜだろうという問題意識もあったので、その辺のところの素描もしてみた。