11.散髪/「源氏物語」という皇親政治のイデオロギー書と「日本書紀」/地域権力と中央権力の日本史/「株式会社マジルミエ」アニメ化とジャンププラスの怒涛の勢い(11/29 07:05)


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11月29日(水)晴れ

昨日は晴れと書いたけれども朝起きた時には車は雨で濡れていたし、日中も時々雨が降っていた。気温が高いからまだ雪にはなっていないけれども、安定した晴天が続くというほどでもない。ただ空気はだいぶ乾いてきていて、油断すると喉がいがらっぽくなったり唇が切れそうになったり、かかとがひび割れそうになっている気配もある。肌が乾燥してかゆみを感じる時もあり、対策は必要だなと思う。整体で話を聞くとこの時期には汁物を取ることで水分が補給できるということなので、今年は意識して汁気のあるもの、スープ味噌汁鍋物系のものを意識的に食べるようにしている。それでも毎食そういうものを食べるというのはなかなか大変で、先に書いたようなトラブルが起こっていないわけでもないので、気をつけていきたいと思っている。水も飲もう。

昨日はブログを書いた後、思い立って散髪に行った。だいぶ放っておいたので髪はかなりになっていたのだが、思ったより床屋さんが空いていたのですぐやってもらえて、10時半ごろには終わり、たまには歩こうと思って街を中心街まで歩いて不動産屋で駐車場代を払い、駅前のスーパーのATMでお金をおろして帰ってきた。それから車で出かけてTSUTAYAまで行ってコミックゼロサムを買い、帰ってきて昼食。髪を切ってさっぱりしたのはいいのだが、頭部を刺激されたせいなのかどうも落ち着かず、集中感がない。ただいつも気になっているひげとかもちゃんと剃ってもらったのでその辺はさわると嬉しい感じがある。

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寝床の中でいろいろと役体もないことを考えていたのだが、その中で日本史における親政と執権政治(臣下が政治を行うという意味で)と皇親政治みたいなことを考えていたのだけど、平安時代の中期に藤原氏が権力を集中していくことに対する抵抗感みたいなものは割と大きかったのではないかなということを考えていた。それまでの歴史を考えると、実際の当時の歴史はともかく史書、つまり「日本書紀」に書かれた物を歴史と受け取っていた当時の貴族たちにとって、他氏が政治の実権を握るというのは「蘇我氏の横暴」のように見え、蘇我氏滅亡後は時に藤原氏が権力を集中することがあったものの藤原四兄弟は疫病に倒れたわけだし、聖徳太子や中大兄皇子による皇親政治はより正統に近いものと考えられ、蘇我氏に滅ぼされた山背大兄王や藤原氏に滅ぼされた長屋王などはあったものの「親政でなければ皇親政治」というイデオロギーはあったのではないかなとか考えていたわけである。

その中で思ったのが、「源氏物語」は皇親政治のイデオロギーの書ということができるのではないかと思ったということである。

先に述べたように「日本書紀」は蘇我氏の滅亡を描いた、つまりは「皇室以外が政治権力を握ろうとするとこうなりますよ」という皇室政治のイデオロギー書という側面がある。だから江戸時代には天皇に「日本書紀」を講義することが禁止されていたわけであり、それに伴って罰せられた学者もいる。戦前に出版された岩波文庫の「日本書紀」を戦後岩波書店が再刊しなかったことも思い起こされる。その中でも聖徳太子の皇親政治は好意的に描かれていて、中大兄皇子の称制も否定はされていない。

また、紫式部は「日本書紀」をよく読んでいて、「日本紀の局」とあだ名されたこともよく知られている。

源氏物語は主人公が光源氏であるから元々は天皇の皇子であり、頭中将らの一族は藤原氏を模していると考えられる。源氏は母の桐壺更衣が「いとやんごとなききはにはあら」なかったために皇太子にはなれず源氏を賜って臣籍に降下したわけだが、つまりは皇親である。またさらに義母である藤壺の中宮と密通することで生まれた皇子が冷泉帝になるわけで、「天皇の父親」でもある。「藤原氏」の影響力が強い朱雀帝の時代は不遇であったが冷泉帝の時代になると、真相を知った帝から源氏に譲位の話もあったが源氏は固辞し、「天皇の兄」として政治の実権を握ることになる。

これが藤原氏の全盛時代に藤原氏の娘であり藤原氏の妻でもあった女性によって書かれたというのは面白い話ではあるのだけど、すでに物語を物語として、つまりフィクションとして楽しむ文化はあったと思われるけれども内容的にはそう考えてみるとかなり際どい内容である。

源氏物語は宮廷文化の集大成のような書であるから、読むものもその際どさを感じながらもそれゆえに痛快がったところもあるだろうし、倫理的な放縦に目をひそめる向きもあっただろうと思うが、一条天皇をはじめ実権を握る藤原道長らに受け入れられたこともあり(もともと紫式部を見出したのは道長の妻である源倫子)その際どさを「フィクションとして受け流す」ことに成功したのは、ある種おたく的な伝統がすでにあり、そこに政治的な寓意を読むのは野暮である、みたいなこともあったのではないかという気はする。


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