11.プロセスを面白がるということ/「ブルーピリオド」真田まち子:作家という生き方(05/28 08:08)


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絵を描き始めた時に八虎が最初に憧れたのが森先輩で、最初に「ライバル」とか「天才」と思ったのが世田介なわけだけど、実際にカリスマと言えるレベルの人で大きな影響を受けたのが、ノーマークスというアートコレクティブをやっているフジキリオという人で、その辺のことは下の記事に書いた。

https://note.com/kous37/n/n87a6eff9e867

彼女に受けた絶対的な影響みたいなのがあって初めて、おそらく八虎は高く評価された「罪悪感」をテーマにしたインスタレーションを作れたので、そこは一つ彼の「作家人生」においてターニングポイントになるところだったと思う。

その後の八虎は割と自由に制作に取り組めるようになってきた感じがあり、また広島の大きな倉庫で制作することでスペースの限界的な枠も少し外れたんじゃないかなという感じがする。村井に暴言を吐いた広島の画商に本気でキレようとして村井に止められるが、そこで村井に本当の意味で信頼されて、真田の話を聞けたのだろう。

「作家として生きる」というのはある意味「人生を棒に振る」ことで、ましてやその思い半ばで死んでしまったら、何も残らないままになってしまうのだけど、でも真田はたくさんの作品を残していて、それがまた多分生き残った人たちの生きるよすがになったりもするのであって、ふと「はっちゃん」はキュレーターになって真田の作品を守っていくのではないか、というふうにも思ったりした。

面白がると言っても、「プロセスはプロセスでしかない」とも言えるのだけど、そのプロセスが何かを残していくことはあるわけだし、ましてや作品としてそれらが残っているなら、プロセスそのものが生きる意味と言えるのかもしれないとも思った。

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