9.書くことによって見えてくるもの/関係を切るときに自分の存在を重く感じさせること/きれいな世界で生きていたい(03/01 14:35)


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これは、風俗だけではなく、別れ話のときのもよく使われる手段なんだろうと思う。私などはあまりそういう形を思いつくようなタイプではないのでガチンコで別れ話を切り出して修羅場、というのがまあ普通だったわけだけど、「自分と付き合うのはあなたのためにならない」ということを伝えることによって婉曲に意志を伝えるということはよく行われているのだなあと思う。その言葉通りに受け取って冷める人もいれば逆に燃え上がる人もいるだろうし、またその意志を敏感に感じ取ってそれならば終わりにしよう、と思える人もあれば、そんな終わりかたをさせようとするなんて酷い、と感じる人もあるだろう。まあ、いずれにしても関係の清算というのはそう簡単なことではない。

何でこの話をそんなに長々と書いているかと言うと、小林よしのりが『ゴーマニズム宣言』で、確かオウム真理教のマインドコントロールかなにかについて書いていたことを思い出したからだ。

一時、小林は一度に数人の女性と付き合っていたのだそうだ。しかし仕事が忙しくなってくるといちいち相手をするのが大変になって、全部関係を切ろう、と思ったのだと言う。で、最初の一人には(たしか)借金が山のようにあるという話をしたら返って私もがんばって稼ぐからと言われてしまって、実はほかにも女がいて子どもが何人もいる、という話をしたら切れた、と書いていた。

その他にも連載が打ち切りになって路頭に迷いそうだとか、やくざに脅されていて身を隠さなければいけないとか、いろいろな理由を付けて別れを示唆したらみんな関係を切ることができたのだけど、最後の一人に『自分たちの関係を邪魔する女がいるから殺してほしい」と言ったのだそうだ。まさか実行するとは思わなかったけど、彼女が本気で殺しに行きそうになったので、以後その手は封印することにしたのだと言う。

まあこれはつまり、どんな無理なことを言っても愛に目がくらんでいる相手は本気にしてしまうから肝に銘じろということでもあり、例えば教祖さまにそれを命じられたらやってしまってもおかしくない、という例として書いていたように思う。

これはまた浪曲だが、「嫌なお方の親切よりも 好いたお方の無理が良い」ということになるわけだ。

エディット・ピアフの『愛の讃歌』には、「もしあなたが望むんだったら、どんな宝物だってお月さまだって盗みに行くわ。もしあなたがそうしろと言うんだったら、愛する祖国も友達もみんな裏切ってみせるし、もしあなたが望むんだったら人々に笑われたって平気よ。どんなに恥ずかしいことだってやってのけるわ」という歌詞がある。

書いているうちに何を言いたいのか分からなくなってきたのでこのへんでやめる。



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