44.幸田真希『梅酒』/細部が全体を決定する(01/04 17:53)


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【幸田真希『梅酒』】

昨日は最終の特急で帰郷。車中、買った本をいくつか並行して読むが、幸田真希『梅酒』は読了した。表題作が何と言うか珠玉の作品だった。

<画像>梅酒 (マッグガーデンコミックス アヴァルスシリーズ)
幸田真希
マッグガーデン

表題作「梅酒」は、すごく簡単にいえば好きになった人には家族がいた、という話。主人公が十四歳で相手がメガネをかけて怖そうなおじさん、というところがそのありふれた話に「枯れ専」「青い恋」的な要素を加えて面白くしているのだけれども。繁華街で一人でいる主人公をほっとけないと思ってつい声をかけてしまった五十がらみの男やもめの公務員・古畑と、彼の家についてきてしまった十四歳のゆえ。ゆえはそれを後悔するが、優しい言葉をかけられて反省し、また古畑がひとりごちた詩に「高村光太郎ですよね」と言うと、「君くらいの年の子がこんな詩を読んでいるとは思わなかった。大したものだ」と言われて、「全然知らない人からこんなふうにすごいねと言ってもらったのって私、はじめてなんじゃないかなあ」と思う。

それからゆえは古畑の家に出入りしてごはんを作ったりするようになる。そして光太郎の詩について話したりしているうちに詩を書くことを勧められる。引っ込み思案だったゆえはそのことを誇らしいと強く思い、誰かに話してしまいたいと思うようになる。しかし古畑が自分を自分の娘と同じように見ているということを知り、ゆえは舞いあがっていた自分をあさましい、恥ずかしいと激しく責める。そして最後にもう一度だけご飯を作らせてくれと言って買い物をしてやって来た時に、古畑の部屋の前には別れた妻と娘が立っている。

「厨に見つけたこの梅酒の芳りある甘さをわたしはしづかにしづかに味わふ。狂瀾怒濤の世界の叫もこの一瞬を犯しがたい。」

光太郎の生硬な文体の詩が、少女の大人の男への思いと重なり、ほろ苦さと芳しさを増す。

「あの瞬間、私は永遠の酩酊を得た。」ゆえは口ずさむ。「私の幸福(おもいで)は梅の香りと共にある」と。

この作品は単行本の表題作だが、強く印象に残った。褒められたことへの誇らしい思い、すべての人に告げたいという激しい胸の高まりと、思い人と思ってくれていると勘違いしたと思ったことへの激しい羞恥心。いつの世にも変わらない少女の大人の入り口での戸惑いが、光太郎の文体の青さとあいまって、思いがけないエロスを描き出している。

本当には、古畑が何を考えていたか、どう感じていたかは分からない。古畑の役所の引き出しには、女の子の写真が入っている。これがゆえなのか、それとも自分の娘なのか、読むものには分からない。ここには完成した、完結した世界を感じた。



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