37.自分自身を問い直させられる本:「表現する幸福」と「自分」というもの(03/21 21:43)


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そういうわけで、「自分の創作」というものは「自分の幸福」というものと分かちがたく結びついている。その創作において基礎的な知識・教養がないということはどうなのかということなのだが、私はむしろそこにおいてはプリミティブ・アートではないけれども、そういうものがない方がそれにとらわれずに書ける、という考えが割合強かった。しかし実際にこうして読んでみると、そういうことがもし常識としてとらえられているのであれば、実際に書籍としての出版を考えているときにその知識が自分にだけ欠けているということは常識的に考えてあまりいいことではないと思ったし、知識として持っていてそれが弊害になることもないというようにも思った。表現の要素を一つ一つの要素、手塚治虫が言うところの『記号』に分割して再構成して行くというのはデカルト的な要素還元主義そのもので、つまり物語という自分にとっては神聖な分野に近代主義のメスが入るというかなり痛みを伴うことだなと思いはしたのだが、現代に生きる物語作家たち=小説家たちはおそらくみなその痛みを経験しているのだなとも思うし、それを経験しなければその先へは行けないのではないかと思った。

ということは今考えていて思ったのだけど、それよりも自分にとって痛さを感じたのは、結局そういうことをやってある種の方法論が規定されて行くことで「物語を書く」という行為に枠がはめられて行く、何ができて何ができないという限界を定められて行くことのように感じられ、そういう意味での絶望のようなものを感じたことだ。

しかし、これもまた読みながら思ったことだが、私は私のやりたいと思うことに一度徹底的に絶望する必要があるのかもしれないとも思った。絶望するというのはつまり、先が見えること、つまりは全体が見えることであって、そういう意味で全体をつかんでおくことは、おそらくこれからも創作を続けていく上では必要なことだろうからだ。

まあそういうわけで、創作の分野に関しては、一度落ち込みながらも立ち直ってきた感じがある。一度自分の中で「物語」というものの意味、価値、存在感みたいなものがものすごく大きな転回を迫られたなと思う。まあ正直言ってかなり素朴なスタンスで書いていたということなんだろうと思う。それが悪いとも思わないが、やはりアピール力には欠ける部分があるだろうなとは思う。その辺のところをうまく使っていかないとと思う。

二つ目は主体のあり方の問題だ。つまり自分というものをどう考えるか。これは物語とも関わるが、主体の成長物語=教養小説=ビルドゥングスロマンという19世紀的なものを肯定するのか否かということとも関わって来る。大塚は、近代を批判するポジションとしてのポストモダンかあるいは民主主義をはじめとする近代的価値を評価する近代主義者としてのポジションを取るかの二者択一があると言い、自分は後者を取ると宣言していて、なるほどなあと思った。

私はもともとむしろポストモダンというよりも、諸星大二郎的な古代性というか、ある意味でのプレモダンのモダンへの侵食みたいな方に関心があるので、このあたりのところは難しいところだが、やはり少年の成長物語である『本の木の森』は主体の成長というところに重点があるからそういう形を取っているなと思う。まあたぶん、この小説は分析する人が分析すればいろいろな『記号』に還元することはできるんだろうなと思う。されて嬉しいかどうかは別だけど。

まあいずれにしても主体とか近代的自我に対してどういうポジションを取るかは問題になって来るということを意識しておく必要はあるだろう。それは書きながら答えを見出して行く問題でもある気もするが。

三つ目は男性性と女性性の問題、特に女性という存在をどう見るかということなのだけど、女性がか弱くて男の援助によってのみ救われるという形のアンドロメダとペルセウスのようなビジョンは現代ではなかなか成立しにくくなっているということは言えるだろう。そうなるとある程度女性の強さというものを描くことになるが、その時にその女性の強さをフェミニズム的なもの、すなわち「近代的自我を持って自立したことによる強さ」ととらえるのか、グレートマザー的な強さ、つまり「地母神的な母性による強さ」として描くかという問題が出て来る。宮崎アニメにおいても『風の谷のナウシカ』は従来の男性ヒーローを女性に置き換えるという動機に母性的な要素を加えるという形で成り立っているが、『崖の上のポニョ』ではデボン期の海=羊水的な海に浸される世界、という形で母性が超越的なものとして描かれていて、かなり様相が変化してきている、という大塚の指摘は面白いなと思った。


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