24.宮崎駿監督作品『風立ちぬ』を観た(07/24 15:32)


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思っていたと言っても、宮崎の作品は、いつも思っていた以上だ。自然描写もそうだが、今回は込み合った大正時代の客車の車内や、突然発生した関東大震災の描写が、まずは非常に印象に残った。紅蓮の炎に包まれる街、本郷の大学は高台で潰れかけた煉瓦の建物から万巻の書物を運び出す様子、積み上げられた本に風向きが変わって火が燃え移ろうとする様子、それを慌てて消そうとしながら、その中で煙草を吸っている主人公と親友の本庄。アニメ的な誇張があるから本当にこんなにわっさわっさとした感じだったのかとか、こんなに街の様子が色鮮やかだったんだろうかとか、いろいろなことは思うのだが、モノクロでしか見たことがない失われた風景が、本当はこんなに豊かなものだったかもしれないというひとつの可能性のようなものを見られた気がした。

書きたい場面はたくさんあるのだが、関東大震災の次に印象に残ったのは飛行機製造会社に就職して数年後、派遣されてドイツに行ったときにドイツの進んだ様子。「日本は列強に20年遅れている」と何度も叫ぶ本庄。日本の良さを飛行機にも生かして行こうとする二郎。

軽井沢のホテルの場面もよい。いや、それこそがこの映画のもっとメインの場面の一つだと言えるのだが。ここのところ、あまり詳しく描写するのは避けるが、ここで出会った謎のドイツ人は、リヒャルト・ゾルゲを思わせた。また、直子と二郎が突然の驟雨に襲われ、ずぶぬれになりながら帰って来ると、あるところから先は地面が全く乾いている。その細かい描写がとても印象的だった。

印象的と言えば、もうひとつ印象的なのが二郎の設計場面。計算尺を用い、製図板に向かい、簡単な表を作成しながら次々と設計を続けて行く。今ならきっと、パソコン上であっという間に済んだ作業が気の遠くなるような地道な計算を積み重ねて飛行機を設計して行くその感じが、大変良かった。

二郎と直子の場面は、敢えて書かない方がいいだろうと思う。この時代の男たちは、みんなのべつ幕なしに煙草を吸っていたんだなと思う。設計に熱中しても、考え方をまとめようとしても、常に煙草を吸っている。そう、私が子どものころの大人は、みな煙草の匂いがした。この映画を評した文章を見ると、みないつも煙草を吸っている酷い映画だったという感想があって、まあこういう人は何を一体見ているんだろうと思うけれども、私が芝居をしている頃でさえ、難しい作業をしながら煙草をくわえて考え込んだり、部屋の中が煙で充満していたりするのは決して珍しいことではなかった。ほんの少し前には当たり前だったことが今では轟々たる非難の対象になる、というのも、ある意味人間の持つ悲しい偏狭性のなせるわざなんだなとも思う。

日本は負け、二郎の作った飛行機は、一機も戻って来なかった。すべて空に吸い込まれてしまった。この苦さは『紅の豚』に共通する部分もあるが、それが日本の話であるだけに、その苦さもまた際立つ。

上映時間は二時間余り、途中でトイレに行った人が一人だけいた。ラストに荒井由実の『ひこうき雲』がかかっても、誰も席を立つ人がいない。それはそうだろう、たぶん多くの人が、この曲を聴きに来たのだ。

宮崎駿は、この作品を見て泣いたという。庵野秀明によれば、号泣したそうだ。松任谷由実も「我慢しても我慢しても嗚咽が出てしまうほど感動した」そうだし、招待されて見に来た堀越二郎の子息とその奥さんもまた、松任谷の隣の席で泣いていたのだそうだ。私も、似たような現象に見舞われたが、それはやむを得ない仕儀であったということになる。

いい映画だった。大人の映画だったが。生きることの苦さを知っている大人に見てほしいし、苦くても生きるしかない人間というものの姿をリアルに描くということは、たとえファンタジー的な場面があろうと、たとえ実写でなくアニメーションであろうと、そういうことではないのだということが、この映画を見ればよくわかる。

細部をもっとじっくり見たい場面もいくつもあったので、また機会があったら見に行きたいと思っている。


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