22.ベラスケスの謎と小人の誇り/シュペルリ:肉体美を見せるバレエ芸術/バカな怠けものと『メッテルニヒの回想録』(08/28 15:43)


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【ベラスケスの謎と小人の誇り】

<画像>ベラスケスの十字の謎
カンシーノ
徳間書店

エリアセル・カンシーノ『ベラスケスの十字の謎』(徳間書店、2006)読了。子供向けファンタジーではあるが、大人が読んでも十分面白い。この話はもともと著者のカンシーノがプラド美術館にあるベラスケスの大作『ラス・メニーナス』を見て奇妙な感覚にとらえられたことから構想され、書かれたのだという。言うまでもなくこの作品はスペイン絵画史上もっとも有名な一枚だが、あらゆる面で型やぶりな作品でもある。依頼主である国王夫妻が部屋の奥の鏡に映って描かれるなど、考えてみればあり得ない構成で、作中でもそれを王に納得させるのにベラスケスはずいぶん苦労したらしい。作中でベラスケスは「永遠を描いた絵を描く」ために謎の人物と取引をする。まあそこに「画家が良い絵を描くために悪魔と取引をする」という、たとえば芥川龍之介の『地獄変』と同じようなパターンが現れているのだが、そのために死後魂を奪われるというファウスト的状況になったとき、それを救うのが本編の主人公・ニコラシーリョであるという構成になっている。

作者は、この絵の前に立つと「絵を見ているのではなく、逆に絵の中の人たちにじろじろ見られているような居心地の悪さを感じ、自分もまた、ベラスケスのキャンバスに描かれている人物になったような気が」した、と描いている。確かにこの作品の全体が、その「気分」を描くことに成功していると思う。

原題は"El misterio Verazquez"であって「ベラスケスの謎」とか「ベラスケスの神秘」とでも訳すべきなのだが、なかなか適当な役が見つからない。『ベラスケスの十字の謎』という題ももう少し何とかならなかったかと思うが、現代からまるっきり離れない限りピタッと来る題名は難しいだろうなと思う。

この本を読んで面白かったのは、17世紀スペインの宮廷社会の一端が描かれていることも大きかった。しばらく離れていたのでちゃんと認識して読み始めたわけではないのだが、この時代のスペインは「黄金の世紀」と呼ばれる美術の全盛時代で、スペインバロックの巨匠たちが綺羅星のごとく現れ、プラド美術館はそういう意味で宝庫になっている。私はこの時代が特に好きで、スルバランやリベーラ、特にムリーリョの絵を大学4年の頃は集中して見ていた。それももともと、スペインに旅行してプラド美術館で実物を見たことが大きいのだが。

ベラスケスのこの絵は有名であることは知っていたし、マルガリータ王女や国王フェリペ4世の肖像などもいいとは思ったし、偉大な画家だとは思ったけれども特にこの画家、と集中して見たいという意識はあまりなかった。エルグレコの幻想性、リバーラ・スルバランの静物の形而上的なまでの精神性・宗教性、ゴヤの華やかさ、そしてムリーリョによって完成された処女性を少女性として表現した聖母像の意義の方に――なぜ一神教のカトリックで聖母信仰というものが起こったのかとか――関心が行っていて、言わばある意味芸術至上主義的なベラスケスの良さというものが当時はあまりよくわかっていなかったのだろうと思う。

宮廷にあって、宮廷政治にまみれながら、(彼の死は本作でも触れられているが国王の娘とフランス王ルイ14世の婚儀に力を尽くしたことによる過労死であった)宮廷とその周辺の人々を描き、最後には貴族として最高の名誉であるサンチヤゴ騎士団の一員として死んだ。画家としては異例の厚遇だったわけで、17世紀というヨーロッパの全般的危機の時代、斜陽のスペイン帝国にあって、やはり信仰だけでなく芸術家としての意識があったとしか思えない作品を多く残している。


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