21.自分がこういう人間だということくらいははっきり言えるように/寺山修司『戦後詩 ユリシーズの不在』と用いられるべき表現/アニメ『進撃の巨人』21回「鉄槌」/宮崎駿の「引退」と『風立ちぬ』の1年半かけて作られた4秒間のシーン/太古の森を絶滅させた人間の業を描いた『もののけ姫』と美しい兵器をつくるという生き方の意味を解き明かそうとした『風立ちぬ』(09/02 17:42)


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【太古の森を絶滅させた人間の業を描いた『もののけ姫』と美しい兵器をつくるという生き方の意味を解き明かそうとした『風立ちぬ』】

甲野善紀氏のメルマガ『風の先、風の跡』vol.59が届いた。有料メルマガなので全部は見せられないが、宮崎駿監督に触れたところが多く、タイミング的にまた深く読まなければいけない感じがしたし、すごくなるほどなあと納得するところがあった。

甲野氏は以前から『もののけ姫』で初めて宮崎作品を見たのだが、それによってものすごく大きな衝撃を受け、しばらく立ち直れなかったということを書いていた。そのことについて今回のメルマガでは詳しく書いている。

簡単に言えば、彼が愛している「広葉樹の森」は『太古の森』が破壊された結果できたものであり、彼が心の安息所と感じていた「鍛冶仕事」<「タタラ製鉄」は自然破壊そのものであった、ということをまざまざと突きつけられたことによる深い衝撃であって、その人間の業の深さの自覚に立ち直れないような衝撃を覚えたということなのだ。

しかしそういう人間の業の深さを自覚することによって、むしろ「悟り」とでもいうべき心境になり、「とにかく逃げ場がなくなった、あとはとにかく思い切って自分のやりたいことをやるだけだ」と思うようになったのだという。

これを読みながら思ったのは、何かとかまびすしい『風立ちぬ』のテーマの話であり、「生きねば」というテーマ、亡き妻からの「あなた、生きて」という呼びかけをどう評価するかという問題だった。高橋源一郎が『Cut』の中でこの問題について、「生きねば」というのは「生きる」という「罰」を受ける、引き受けること、と表現しているのだが、ああなるほどそういう言い方もあるなと思った。私には甲野氏の言うような「業」という表現が分かりやすいのだが、キリスト教的な表現で言えば「罰」ということになるのだろう。もちろん「業」と「罰」とでは微妙にニュアンスが違うのだが。

『プロフェッショナル』の中でも二郎という人物がどういう人間か実際に絵を描くアニメーターに問われて「何を考えているのかわからない感じの人」だと答えて、「難しいですね」と頭を抱えられていたが、上映後の感想でも確かに「何を考えているかわからない」という批判がずいぶん出ていた。私は「そんなことないだろう」と不思議に思っていたが、まあ逆に言えば宮崎の演出意図はすごく実現されたということになる。まあ一筋縄では行かない不思議な映画なのだが、つまりは堀越二郎は「美しい飛行機」をつくることに賭けた、自分の人生の心血を注いでできる限りのことをした人間であって、そのこと自体をとやかく言おうとは考えてはいなかったのだという結論に達したのだと思う。堀越二郎という人は、亡くなるまで英国紳士のような人だった、というふうに言ったり、「昔のインテリはものすごく頭がよくて、だから余計なことは言わないから口数が少ない」と言っていたのだけどいったいどういう人間なのか、よく考えてみたらそういう人間像というのは今では本当に少なくなっているんだろうなあと思ったりした。

それに実によく当てはまったのが庵野秀明だったというのも可笑しいが、考えてみるとこういうインテリ像というのは、こういう言い方をするとバカみたいなのは承知で書くのだが、私なんかに似ているんだと思った。だから私から見てこの二郎という人はひどく自然で人間臭い人に見えるのだなと思った。すごく頭がよくて、でもそういう意味では馬鹿で、怠け者と言えなくはない。でも、自分のやるべきことに精励して、一切言い訳をしない。昔はそういうタイプの人がたくさんいた。一つの典型は、極東軍事裁判で死刑になった元首相・広田弘毅だろう。彼は裁判で一切の弁明をせず、型通り無罪を主張して称揚と死についた。彼にとっては靖国神社に祭られるのも迷惑だし、合祀だ分祀だなんだと騒がれるのもまったく意に反したことだろうと思う。

まあ評価されても評価されなくても(もちろんちゃんと評価された方がいいに決まってはいるが)毎日ブログをアップして誰かに届けばいいと思って文章を書いているというのもまあ考えてみれば何なんだろうなあとは思うが、もうある意味書くことを離れては自分の人生はないと感じていることもまた事実だし、なるべく人に届きやすいように書くことを工夫して行こうとは思うが、読まれても読まれなくても何かしら文章を書き続けていくことだけは確かだろう。

自分がどんな人間かいうことはそんなに簡単ではないけれども、そんなふうには言えるかもしれないと少し思った。


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