14.『かぐや姫の物語』は、一言で言えば、「どこまでも味わい尽くしたくなる映画」だった(12/02 12:02)


< ページ移動: 1 2 3 4 5 6 7 >

話をストーリーに戻すと、二度と木地師たち(なかでも慕っていた捨丸)に会えないと知ったかぐや姫はおとなしく周りのいうように「高貴な姫」であるという枠に自分をおしこめていくのだが、そのなかで眉毛を抜かれるときに一筋の涙が落ちるのが印象的だ。自由、生命の輝きよりも翁の願い、洗練に身を委ねることを選択し、受け入れること。大人の階段を一つ上るときに感じる何かを失ってしまう哀しみ。それは社会の側、大人の側、文化の側からは「わがまま」だというのだけど、この悲しみ、痛みを描くことがこの映画の一つの眼目であって、それは小さな「死」でもある。一つ一つ大人になっていくということは、一つ一つ死んでいくことでもあるのだ、という見えないテーゼが描かれている。最後にかぐや姫は、地上の「すべてを忘れて」月に帰って行くわけだけど、それはやはり死の隠喩でもあり、『Switch』インタビューで二階堂和美が言うように、「呆け」の隠喩かもしれない。『かぐや姫の物語』が切ないのは、急ぎ足で大人になって、急ぎ足で去っていく、その生の儚さが、生命に満ち溢れた場面がより華やかであるだけに、(特に宣伝ポスターにもなっている桜の花の下でかぐや姫がはしゃいでくるくる回る場面は圧巻だ)より胸に迫る。

その圧倒的な場面のあと、姫にぶつかってきた子供に現実に引き戻されるが、それは竹取の翁たちと暮らしていた家にいてぼろぼろの姫に施しをした女の子どもで、姫に平謝りする姿を見て姫は却って落ち込んでしまう。食べ物を恵まれたときにはいささかの屈辱も感じていないのに、中身は同じ自分がりっぱな着物を着ているだけで平身低頭される事実に心底落ち込んでしまうのだ。

『竹取物語』で一番印象的な、五人の貴公子の求婚とかぐや姫の拒絶、そして貴公子たちの涙ぐましい努力とその失敗がこんなに効果的なかたちで物語構造に組み込まれるというのも予想外だった。五人が出てくる順序は原典とは異なっているが、最初に宝物を捏造した車持の皇子が出て、エピソードは原典と同じくコミカルに展開するかと思ったら、次に出てくる阿部の右大臣は全財産をつぎ込んだ鼠の皮衣が焼けてしまい、龍に挑んだ大伴の大納言は遭難しかけ、純粋さを装って口説こうとした石作の皇子に心を動かされたかぐや姫はその女たらし振りを北の方に暴露されて却って大きなショックを受け、最後に宝物を手に入れようとした石上の中納言は墜落死したことを知って、自分が縁談を断るために言った口実が皆を不幸にしたことを知りさらに大きなショックを受ける。

姫は箱庭を破壊して「自分は偽物だ」と嗚咽する。自分のありたかった姿と、今ある自分の大きなギャップ。偽物としか言えない自分の姿に苦しむ。あまりにも純粋でありすぎるけれども、これはつまりは「大人であることの苦さ」だろう。自分は自由に生きたいだけなのに、周りを苦しめ、しまいには死に至らしめてしまう。その戸惑いは、多かれ少なかれ多くの人が感じることがあるのではないか。

帝の場面から後、それをきっかけに月の世界に助けを呼んでしまった姫は、月に帰らなければならないという事実を知る。そして自分がなぜ地上に憧れたのか、という事実も。

パンフレットの「プロダクションノート」に「大空に憧れた少年を通し、どんな時も力を尽くして生きることの大切さを伝えようとした『風立ちぬ』。一方、大地に憧れた少女を通し、辛いことや大変なことがあってもやってみなければならない、自らの”生”を力いっぱい生きることの大切さを伝えようとする『かぐや姫の物語』。「この世は生きるに値する」。もしかしたら二人は同じことを伝えようとしたのかもしれない。」とあるが、大地への憧れ、生の喜びへの憧憬こそがいわば堕天の罪であった、というのは、ある意味「原罪としての生きること」と解釈もできるが、それはキリスト教的な強迫的なものではなく、むしろ「この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我はなりなむ」(大伴旅人)という現世の生を力強く肯定する思想が表現されているというべきだろう。

月への帰還を前に、都を抜け出した姫は田舎の懐かしい道をたどるが、思いがけずそこで大人になった捨丸に再会する。捨丸に「あなたと生きることができたら」と言う姫と捨丸が空を飛ぶ場面。ここまでリアルに作られてきた構成が突然『千と千尋の神隠し』の千尋とハクが空を飛ぶ場面になったのには驚いた。見た瞬間にはかなり否定的にとらえたのだけど、これを「ジブリだから」と安易に受け入れても意味がないし、何というかかなり多くのことを緻密に踏まえたうえで作られている映画だから、むしろその意味を考えたほうがいいかもしれない。


< ページ移動: 1 2 3 4 5 6 7 >
14/262

コメント投稿
次の記事へ >
< 前の記事へ
一覧へ戻る

Powered by
MT4i v2.21