11.芥川賞受賞の小山田浩子『穴』を読了。何が書いてあるのかわからない、不思議な小説だった。(01/27 07:52)


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しばらくして、あさひはコンビニに勤めることになり、制服をもらって帰り、家で制服を着て鏡をのぞいてみるのだが、自分の顔が姑に似てきたことに気付く、というラストなのだった。

読み終えてみると、これは「あさひ」が田舎の奇妙な秩序の中の一員になっていく、という話のようにも読める。この「あさひ」の抵抗のなさはある意味異常だ。しかし、私自身も田舎にいると思うのだけど、あんまりどうなんだそれはと思っていても、まあ今までそういうことだったならそれでいいか、みたいな感じになる部分はたくさんあって、それが奇妙に自分に染みついていく感じが描かれているようにも思った。

それにしてもよくわからないのでネットで作者のインタビューなど探してみる。こちらには、こんなことが書いてあった。

『次作の構想は、と聞かれるといつも答えに窮する。書いてみないとわからないのだ。書く前に決めていることはほとんどない。何を書こうとしているのか、書き終わってもわからないこともある。』

『私が、何なのかわからないまま書いたものを、もちろん推敲(すいこう)や彫琢(ちょうたく)を経てのものではあるがそれでも何だかわからないものを、どこかで読者が読んでいる。』

なるほど、作者自身も何を書こうとしているのかわからないし、何なのかわからないまま推敲し彫琢したものが、作品になっているのだ。

この感覚はよくわかる。いろいろなものが分からないままに並べられている。一つ一つは何かを語っているような感じがするのだが、全体としては何を言っているのかよくわからない。しかし、日常というものは、またあるいは人生というものは、結構そういうものではないかと思う。人生というものは、あまりに自然すぎて、不条理なのだ。テーマがあるような気がして人は生きているけど、そんなものはその場その場にしかないのだろう。その感覚が、とてもよく描けているように思った。

ああ、昨日の時点では、この小説が「生半可な不条理性」を描いたつまらない作品なのではないかという批評を描こうと思っていたのだ。それが読み終えてみるとなんだかよくわからなくなっている。読みながら、読む側はこの作品はこういう作品だ、という評価を無意識に下しながら読んでいる。そして、この作品の狡猾なところは、その評価に迎合するようなことをそこかしこではさみながら進んでいくのだ。なのに全然、そんなところに焦点がなかったりする。

最初は「派遣小説」かと思い、次には「自然描写小説」かと思い、謎の獣の正体を考察させ、今まで出てきた話との整合性を頭の中で組み立てさせられ、「不条理小説」かと思い、最後は「嫁という存在」をテーマとした小説家と思うが、話に乗せられたと思っていたところを次々とはしごを外され、最後には何が書いてあったのかよくわからなくなってしまう。

これは全くたくらみに満ちた小説で、でも作者は自分が何を書いているのかわからないまま書いているという。そうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。そうなのだとすれば、これは無意識というものの持つたくらみ性がうまく表現された作品ということになるし、そうでないならば無意識に表現されたものを丹念に拾いながら一つ一つを選目に像が結ばないように、不思議なコラージュをしながら全体的に仕上げたということになる。

前回の芥川賞作品、『abさんご』もわけのわからない作品だったが、文章自体が読みにくく、こちらのほうは最後まで読めずに投げ出してしまった。『穴』は読めば読むほどわからなくなるが、文章自体は読みやすく、最後まで読んでしまって余計なんだったんだという感じ。こういう言い方が妥当かどうかは分からないが、「いい意味でわけの分からない作品」だったと思う。

私は2000年以降の芥川賞作品は『abさんご』をのぞいてすべて読んでいるのだけど、この中で「わけが分からない」と思ったのは町田康『きれぎれ』と川上未映子『乳と卵』の二作品だった。この二つはやはり『abさんご』と同じくわけが分からず読みにくい作品だったが、何とか最後まで読めた。ここのところの芥川賞作品で、「わけがわからないけど読みやすい」と感じた作品は、これが初めてではないかと思う。

何というか、小説としてはそれがある意味理想なのかもしれない。本当のことをいえば、名作と言われる小説だってよく読めば何を言っているのかわけがわからないと思うものはある。こう解釈すべきだ、という読み方がいろいろなところで指定されているからそう読むものかと思って読むわけだけど、虚心坦懐に読んでみたら本当はわけがわからない、ということはよくある。そして、そういう小説に共通しているのは、「わけがわからないけど読みやすい」ということなのだ。


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