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マハティール・モハマド『立ち上がれ日本人』
立ち上がれ日本人新潮社このアイテムの詳細を見る マハティール・モハマド著/加藤暁子訳『立ち上がれ日本人』(新潮新書)感想。
簡単に言うと、非常に感銘を受けた。書き出すときりがないのでいずれきちんとレビューを書こうと思うのだが、東南アジアの政治家であり、イスラム教国の政治家であり、小国の政治家であるという困難な立場で順調な経済発展を成し遂げ自らも世界的にも有力な政治家として名を上げている稀有な政治家の発言には参考になるところが非常に多いなあと思う。
マハティールはマレー人優遇のブミプトラ政策をとってきたので生粋のマレー人かと思っていたが、実は父親はインドから来たイスラム教徒の医師なのだと言う。そして本人も医師であるということはこの本を読むまで知らなかった。夫人も医師だそうで、その父親は北部の州の宗教大臣で、イスラム教の「4人の妻」の教えを第1夫人の公的な承諾のサインがない限り第2夫人以下を娶れないと法を変えた人物であるという。(その州内での効力だと思われるが)
マハティールというと東南アジアの政治家という感じだが、911以降はイスラム世界の政治家という面がクローズアップされてきている。考えてみると独裁者や宗教家、石油漬けの専制政治家やテロリストなどばかりが浮かぶイスラム世界の政治家の中で、もっとも明確で最も政治家らしい発言と行動ができる人物といえばマハティールが最右翼にいるだろう。彼はテロリズムを明確に否定するが、その背景にある欧米の不公正な行いも決して容認しない。その点で反欧米的とみなされ、ネガティブキャンペーンの対象にされがちなこともまた確かである。
彼は西欧に厳しい姿勢をとり、通貨危機の際の欧米の対応を帝国主義時代の小型砲艦に例えているが、日本にいるとあまり実感することのない欧米の圧力というものについて、今なお厳然として存在しているのだということに改めて気づかされた。
しかしもっとも印象に残ったのは日本を見習えというルックイースト政策についてで、その要点は1愛国心、2規律正しさ、3勤勉さ、4能力管理システム、5政府と民間の密接な協力にあるという。日本に愛国心を見習えというのは少々面食らうが、高度経済成長時代の欧米に追いつき追い越せという精神は、考えてみたら愛国心以外の何物でもないのだと気がつく。現在はそうした目標を見失ってしまっているということが、愛国心を焦点の定まらないものにしてしまっているのだということなのだろう。
また別のサイトを見ていたら彼の日本に対する考え方の原点として「ディシプリン」という言葉が挙げられていて、おそらく上記の第2点の「規律正しさ」と訳されているのがそれだと思うのだが、規律正しさであり自己を鍛練することでもあるその言葉が当てはまる日本人は昔は実に多かったということを思い出す。そういう意味ではルックイーストは我々自身が言うべき言葉で、ルックアウアセルブズとでも言うべきことなのであると思った。
台湾の李登輝と並んで親日の有力政治家であるマハティールであるが、旧日本植民地ではなく、またイスラム教徒であるという点で日本からの距離は李登輝よりも遠いところにある。そして彼自身が医師であることにより、「内科医的な視点」で観察するという非常に合理的な志向をもっているという面もある。李登輝も実に論理的な人物であるが日本に関することでは情緒的になる面があるのだけれども、マハティールにはそれが少なく、合理的に日本を評価しているところがよりいっそうわれわれにとって参考になる点があるとも言える。
最後にもう一つ、アジア通貨危機の際、側近に「資本規制を行ってはいけない33の理由」というレポートを提出されたマハティールは一晩寝られず、次の日に親しい華人貿易商を呼び出して国際取引の裏について徹底的に聞き取りを行い、一つ一つ33の理由を覆していってついに資本規制を実行に移したという話は非常に迫力があった。
海外の有力政治家の話を読むと彼我の絶望的な差に落胆ひとしおということが多いわけであるが、日本でもこうした力のある政治家が出てこられるよう、次代のリーダーを育てていく必要があるのだと改めて思う。(2003.12.24.)