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宮下規久朗『食べる西洋美術史』

食べる西洋美術史 「最後の晩餐」から読む

光文社

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昨日帰郷。行きがけに丸の内の丸善に寄り、宮下規久朗『食べる西洋美術史』(光文社新書、2007)を買う。

『食べる西洋美術史』は現在81ページ。「食べる」という画題は西洋美術には多いが日本や中国には見られない、西洋美術に特徴的な現象だという話は面白い。性、エロティシズムに関する画題は洋の東西を問わず多い(それ以前に宗教的な性質を持つものの方が万国共通なのだが)が、言われてみるまで食べるというが大については考えていなかったのでなるほどと思った。

食べるという行為はもちろん生存に欠かせない要件なのだが、家族というものが生まれたのはもともと食べ物を分け合ってともに食べるという人類特有の行為から生まれた、という話ははじめて聞いたがなるほどなあと思う。私などは一人で食事をすることが多いが、確かにそれは食事に一番必要な何かが欠けているという感じがすることは多い、もちろんあまりそういうことは考えないようにしているのだけど。(そういえば今日はバレンタインデーだ。風雨が強いけれども。今年の愛も荒れ模様、ということだろうか。)食べるという行為を共有しなくなると家族がバラバラな感じになってしまうのは、つまりは家族の根源的な意味にもとるからということなんだなと思う。

西洋美術で食べるということに関する画題が多いのは、キリスト教という宗教の「罪」と「救済」の両方に食べるということが関わっているからだ、という指摘はなるほどなあと思う。つまり、人類の罪の根源はアダムとイブが知恵の木の実を「食べた」ことに始まっているわけだし、救済の秘蹟であるミサでは象徴的なキリストの肉と血であるパンと葡萄酒を「食べる」。これは最後の晩餐におけるキリストの言葉に基づいているわけで、「最後の晩餐」という食に関するテーマは教義の根本をなしているわけである。

従って最後の晩餐という画題がキリスト教美術で選ばれるのは当然のことなのだが、ここでパンと葡萄酒以外に描かれるものは肉よりもさかなの方が多いといい、それは「イエス・キリスト・神の・子・救い主」の頭文字をとると「魚(イクトゥス)」になるからだといい、ローマの弾圧時代は魚はキリストの隠語だったのだという。そういう話はとても面白い。

食べることは基本的に罪につながるのだが、食べ物を施すことはキリスト教で重要な意味を持つというのも再認識させられた。聖者が食べ物を施した貧者が実はキリストだった、という話は光明皇后が背中を流したらい病患者が実は観音菩薩だった、という話を思い出させられるが、貧者に施すということがストレートに宗教的な意味を持つ伝統が西欧社会にリアルに残っていることの意味がリアルに感じられた。慈善ということが救済に直結するものとして人々を動かすものであるということはキリスト教社会の教義の根本から来る伝統なのだなと思ったが、もちろん日本にもそういう伝統はあるにしてもあまりドグマティックなものではないから逆に弱くなってしまうのかもしれないと思う。慈善と救済が裏表であることは日本人には偽善的な感じがしてしまうが、善を装うというより救済のための義務だと観念できればそれは行動原理となるわけで、その辺は日本人のナイーブな感じ方とは観念のあり方が違うのだと思う。彼らの慈善はもっと必要に迫られてのものだし、マザーテレサなどはものすごい行動家で政府にも世界にもどんどん働きかけてタフな交渉をしていたという話を聞いたことがある。そんなことは偽善で出来ることではない。しかしそういう慈善が絶対善の社会になるとそれはそれでどこか歪みが生じてしまうのではないかという気もするし、そのあたりのところはまだ私も考えがまとまっていない部分もある。

西欧においてはアートは実はエロチシズムと直結しているというのは村上隆の本で読んでなるほどと思ったが、食という欲望に関係する行為が表現されるということもまた西洋美術のそうした傾向と関係のあることなんだろうと思う。まだ読みかけだが新しい視点が導入されてとても面白い本だと思う。(2.14.)

昨日。12時頃出かける。新宿まで。車中、『食べる西洋美術史』を読む。

中国や日本には書という芸術があって意味と美を同時に伝えることが出来たが、ヨーロッパにはそれがないので図像に意味を込める(百合が純潔や聖母を表わすとか)寓意画が発達したという説明は非常に理解しやすい。ヴァニタス画はこの世の生の空しさを描き、永遠を求めることを進める絵だが、その中で骸骨や空瓶と並んで書物も死を想起させるもの、「メメント・モリ」として扱われているというのははじめて知ったが、言われて見たらそういう場面に書物はよく描かれているなとは思った。

フランスやイングランドでは野菜は農民の食べ物として蔑視されてきた、というのはちょっと驚くがへええと思う。「ボラを取るものはボラを食べない」、ということわざがあったり、分不相応な宮廷のご馳走を食べた農民が死ぬという芝居があったりもしたそうで、食というものが明確に階級に関わるものだったという指摘は面白いなと思う。読みかけ。(2.20.)

いつものお弁当屋さんでお弁当を買って中央線に乗り、新宿で特急に乗り換える。車中では『食べる西洋美術史』を読み進める。

面白かったのはマネの「草上の昼食」についての記述。私は今まで、黒い服を着た二人の男と裸の一人の女性が描かれているこの絵で、女性が裸なのは何の意味もなくぽおんと放り出されているのだと思っていた。だからスキャンダルになったと思っていたのだが、実は後に水浴から上がった薄い白い下着(シュミーズ?)のようなものを着た別の女性が描かれていて、つまりこの裸の女性は水浴びから上がったところだという状況設定が一応あるのだという。しかも、この絵は実は先行作品の下敷きがあるのだという。確認はしていないが、ジョルジョーネの「田園の奏楽」やラファエロの原画に基づくライモンディの版画「パリスの審判」がそれだという。「田園の奏楽」では森の精であるニンフと当時の服装(ルネサンス時代ということだな)をした男が二人ずつ牧歌的な田園で楽器を奏でているのだという。なるほどそれなら女性が裸でも違和感がないが、それはまた全体を夕暮れのような柔らかい光と影が包む、という「名画調」の演出がされているという条件も重要で、マネの場合は其の設定を19世紀の現在に持ち込み、ニンフを現実の女性に変え、しかも柔らかい明暗の階調をほとんど配してフラットな色面のような描き方をしたために、裸婦がものすごく現実的に見えて、それがスキャンダラスだったということらしい。

喩えが適切であるかどうかは判らないが、まあ言えば芸術映画における女性のヌードとアダルトビデオにおける女性のヌードの違いか。いや、AVにも違う意味での演出はあるからむしろ素人ビデオにおける女性のヌードとでもいえばいいか。つまり演出的なライティングがしてない状態ということだ。

そしてそのように言われると、印象派の出現をもたらしたといわれるマネのこの絵の意味が非常によくわかってくる。「名画的な演出」を排し、「白日のもと」に「ありのまま」の光を描くというのは非常に挑戦的な手法だったのだ。

ルノワールの「舟遊びたちの昼食」についての記述も興味深い。おしゃれな男女の織り成す華麗な雰囲気を描くことが目的、といわれると、なんと言うか「名画」としてこういう作品を見る視線のようなものが馬鹿馬鹿しい感じがしてくる。つまりは現代で言えばファッション映画のようなもので、と言っても私が思い出すのはオードリー・ヘプバーンとフレッド・アステアが主演の『パリの恋人』(Funny Face)だが、ああなんだか素敵だねといっていればいいものなのだ。そしてそれはつまりは風俗画ということで、見掛けは全然違うがブリューゲルとかのルネサンス期のにぎやかな楽しい絵の伝統と同じ線上にあるものなのだ。

いずれにしてもそこで扱われた食事というものが、「自然の中で行われても、たちまちそこを親密な場に変える」ものであり、「食事は人と人を結びつけるだけでなく、自然と人間を結びつける力を持っているのだ」という指摘は頷ける。「印象派の画家たちが風景と人物、外交と人間の動作、自然と人為、田園と都会、伝統と現代風俗などを調和させる主題として、屋外の食事の情景を選んだのはごく自然なことであった。」というのはなるほどと思う。

そのほか断片的に。ドガの「アブサン」やホッパーの「ナイトホークス」に現れるドラマ性。何というか「名画」という視点を外してみるととても迫ってくるものがある。絵を見るときに自分の中にはあまりそういう教科書的というかお勉強的な視点はないつもりだったが、やっぱり結構あったんだなあと思う。まあ一定は仕方がないのだが、そういうものが外れて自由に見られるようになってくると、絵というものの魅力が倍加したような気がした。

ヨーロッパでは野菜が農民の食べ物として蔑視されていた、ということを昨日書いたが、そういう文脈で言うと現代のヴェジテリアンというものの存在は面白い。やはりヴェジテリアンというのには権威に反発する姿勢というものが基本的にあるのだと判る。もちろん60年代に流行した「インド」の、菜食主義のようなきっかけはあるにしても。単なるヘルシー指向とは違う、まあある意味でのイデオロギーなのだ。食べ物に関するイデオロギーであるだけに人間の体に物理的な影響を及ぼすけれども。

ピカソにおけるパンのエピソード、スーチンにおける肉のエピソードも面白いが、スーチンが肉を買ってきていつもそれを腐るまで描きつづけたために悪臭を放って警察に通報されたというエピソードは笑う。そういうアーチストは魅力的だが回りは大変だ。

日本の「ムカサリ絵馬」。若くして死んだ息子や娘たちのために、亡くなった子供たちの存在しなかった結婚式の状況を描き、それが奉納された絵馬である。一番描かれたのは戦中戦後である。戦地で結婚できずに死んだ息子たちのために、多くの絵馬が奉納されたのだ。これは靖国神社に多数奉納されている「花嫁人形」と同じなのだ。老いるまでの人生を全うできずに亡くなった若者たちの無念を慰める老いた親たちの思いがそこにある。彼らのために何が出来るのか。子孫なくして死んだ若者たちを祭り、霊を慰めることの痛切な意味がそこにある。それが鎮魂の霊場としての靖国神社や護国神社の意味にもつながる。

円谷幸吉の遺書。久しぶりに読んだがやはり泣いた。「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました。干し柿、餅も美味しゅうございました。」で始まり、延々と食べ物の近親に対するお礼がつづられているあの遺書は、それ自体が円谷の「最後の晩餐」なのだ。「幸吉は疲れてしまって、もう走れません。」生きることが走ることであった円谷が、走れなくなったということは生きられなくなったということであり、近親の愛情と食べ物への素朴な感謝の気持ちを表明して死んでいった円谷の死は、とてつもなく悲しいものでありながらある種の幸福さえ感じさせる。人間が生きることの意味、死ぬことの意味が、食べることといかに関わっているか。

結局は、この本の主題はそのことだったのだなと思う。著者はこの本の執筆中までは相当なグルメであったそうだが、脱稿後に膵臓を壊して入院し、「入院していた下町のすさんだ病院で、死と食が混在するような阿鼻叫喚を見聞して」、「退院後は、酒、タバコはもちろん、大好きだった脂っこい食べ物や激辛料理を絶たなければならなくなり、根本的に自分の食生活を見直す必要に迫られた」のだという。その経験を経てこの本の内容も相当書き換えたそうで、そういう意味では著者が文字通り身を削って書いた本だなと思った。そしてそういう本には必ずある渾身の気迫が、この本にもこめられるいると思う。読了。(2.21.)

  

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