本探し.netTOP >本を読む生活TOP >著者名索引 >カテゴリ別索引 >読書案内(ブログ)

近藤雅世『商品先物取引』

商品先物取引基礎知識&儲けの方法 最新版―インターネットでも手軽に売買できる!

すばる舎

このアイテムの詳細を見る

ついでに隣においてあった商品先物の本を立ち読みしてみたのだが、一見して「これは面白い」と思った。株式とか通貨とかそういう抽象性の高いものより、コーヒー豆とかトウモロコシとかそういう現物の取引の方が私にとってはやりやすい感じがする。ただもちろん商品先物というと「コワイ」というイメージがアリアリなので、実際にやってみるかどうかを含めて慎重に考えるだろうなと思う。ただ、こういう取引としては一番自分に向いているような気はした。

実際、こういう取引は「ずるずる行く」ということが一番問題なんであって、「切る所は切る」ということが出来るなら確かに変にプロに頼った「個人向けナントカ」より自分の判断だけでできる気持ちのよさがあるのではないかと思う。やるならきちんと勉強して自分が支払能力的に許容できるリスクの範囲内でやれということだけが問題なのだろうと思う。

相場というものが怖いという印象があったのは、おそらくは素人をカモにする変なプロがむかしはたくさんいすぎたからだろうと思う。今でもたくさんいることはいるんだろうとは思うけど。しかし、証券会社、つまり胴元が恫喝するようなことは少なくともネットの株式取引などではありえない、ということはここ数年やってみてわかった。そのほかの相場がどうなのかはまだよくわからないが、いずれそういう前近代性は消えていくのだろうと思う。もちろんもっと巧妙な罠が仕掛けられることはないとはいえないけれども。っていうかそういうことは実際にあるのだろうけど。そこら辺は結局自分の判断力を常に磨いて自分を信じて臨むしか対処手段はないけれど。(2007.1.30.)

このブログで使っているamazonのアフィリエイトの昨年分の報酬がギフト券の形でメールで届けられた。ちょうど本一冊買えるくらいだったので本屋で立ち読みした近藤雅世『商品先物取引』(すばる舎、2005)を購入。リンクから購入していただいた皆様ありがとうございます。(2.3.)

『「陰」と「陽」の経済学』を読み終えたあと、近藤雅世『商品先物取引』を読み始める。この本を読んでいると何だか相場の世界に引き込まれていくような感じがする。面白いのだ。今まで株式相場とかいろいろな本を読んだことはあるけれども、何というか一番「へええ」と思うことが多いような気がする。投資の分析方法にファンダメンタル分析(その会社の業績とか市場傾向とか国際環境とかを調べて方向性を推察する)とテクニカル分析(価格の値動きのパターンなどを読み取る)、市場プレイヤーの内部要因分析(決算期が近いから財務担当者はこう売買行動を行う、など)の三つがあるわけだが、それを「ファンダメンタル分析は「市場で何が起こるはずか」に焦点を置き、テクニカル分析は「市場で実際に起きていること」に焦点を置き、内部要因分析は「市場内のだれそれがどうした」というプレイヤーの動向に着目する」、と説明しているのには目から鱗が落ちた感じがした。そういう説明が実に分かりやすく納得できるのだ。

こういう説明のしかたというのは作者の個性や理解の整理度によるところが大きいと思うのだけど、私は「説明のうまい人」が好きだし、自分も「説明がうまくなりたい」と思う。「うまく説明する」だけでは本質が深まらない、という批判を私などは受けることがあるのだが、そんなことはないと思う。うまく説明されるということで圧倒的にイメージが広がるし、そこから新しいもののヒントが生まれたり、本質を追究するための手がかりが見えやすくなったりする。「うまい説明」というのは要するのそういう「理解における渋滞の解消」なのだ。そういう清掃行動というか「通じのよさ」のようなものが私にとっては直接快感につながる。(……って、誰にとってもって、必ずしもそうでもないのかな。少なくとも私にとっては求めるべき大きな快感ではあるのだが。まあ通じることがよろこび、ということは人によってはないかもしれないな。溜め込むのが好きな人にとってはあまり通じてしまったら迷惑なのかもしれない。以上ひとりごと)

まあそういう意味で、この本は非常に「通じのいい」本だ。……書きながら思ったが、私がいいと思う本、推薦する本、推奨する本は(同じだ)、そういう「通じのいい本」になってくるのだと思う。まあ私の文章も、そういう志向性をもった人間の書くものだと思って読んでいただくと参考になるのかもしれない。(2.10.)

『商品先物市場』。ファンダメンタル分析、テクニカル分析と見てきて市場の内部要因分析、つまりプレイーやーの動き方の問題。へえと思ったのは、東京商品取引所は毎日場が引けたあとに取引員ごとの売買を公表していて、専門の人になるとどの取引員の背後にどの筋、どの会社がいるかということが見当がついているのでここの人がどういう動きをするか予想を立てることができる、という話。確かに相場の動きを見ていると、一体どのプレイヤーがどのように買ったのか、ということは気になる。株式相場でも生保系が買ったとか外国人投資家が買ったとかニュースでは出てくるが、あれもその筋の人たちには分かることなんだろうか。まあ証券会社ごとにその顧客はどこか、ということは調べればある程度は分かることなんだろうから(特に公共性が強い法人であれば)、そういうことも市場分析の大きな要素なんだなと思った。しかし初心者向けの株本などではそういうことは全然書かれていない。そのあたりに実はプロが素人をカモにする方法が隠されているのかもしれない。読みかけ。(2.11.)

最初は『食べる西洋美術史』を読んでいたが、途中でまた『商品先物取引』に換える。昨日読んでいたのは商品ごとの価格のチェックポイントというところで金、白金、石油というところだった。金は王水に溶けるということは知っていたが、それを利用して他の金属と分離して純度を高めるということは知らなかった。どのような行程なんだろう。化学の参考書でも見ればわかるのだろうか。プラチナの需要が日本のエンゲージリングやダイヤモンドの立て爪用の需要が一番多いというのも(中国が参入してきてそれも変化しつつあるようだが)へえと思う。確かに日本人は宝石といえばダイヤモンドでリングはプラチナという感じだが、世界的に見れば何を使うのが多いのだろう。ダイヤモンドもプラチナも白系の色で、多分それは日本人の好みに合うということが大きいのだろうけど、きっと国によって宝飾の需要は全然違うのだろうな。金が一番需要が多いのはインドだということだし。このあたりの話、人文地理や化学などの分野での関心が呼び起こされて興味深い。(2.14.)

日本庭園のようなスッキリしたものを作るというのは簡単なようだが実は技術を駆使してその極地のそのまた向うにあるものを追い求めるということなのかもしれないと思った。唐突なようだが、『商品先物』の本で著者が「意味のない取引をするな」と書いていることと同じだと思う。なぜその取引をしたのかわからない未熟な意味での勘任せの取引を、相場に慣れないうちはついやってしまうのだが、取引というのは庭で言えば一つ一つの石の配置であったり、つまり造形の筆の一触のようなものであるから、疎かにしてしまっては上達はありえないし、当然ただ単に金を失うことになる。この言葉は非常に印象に残っているのだけど、おそらくは仕事はなんでもそうで、「意味のない仕事」をしたらいけないのだと思う。そのあたりのところは肝に銘じなければと思っている。(2.16.)

昨日。午後から夜まで仕事をして、深夜帰京。車中では『商品先物取引』を読む。トウモロコシの需要が自動車燃料用のエタノール製造のために高まっているという話は最近よく耳にするので知っていたが、もともとT型フォードの燃料がエタノールだったということは知らなかった。戦争末期の日本軍飛行機もエタノールで飛んでいたものもあったという。(松根油というのは聞いた覚えがあったが)ブラジルでは100%エタノールの自動車の生産が7割を占め、アメリカでも州によっては85%エタノールの車が走っているそうだが、日本では石油連盟の反対で3%までの混入しか認められていないのだそうだ。ハイブリッド車など環境対応の先進化はいいが、エタノール車の研究も進めておかないと携帯電話のような世界標準との違いで遅れを取る事態にならないかと少し憂慮してみた。エタノールなどのバイオ燃料も日本国内ではそうはたくさん生産は出来ないが、そういう世界的な傾向も見誤らないほうがよいのではないかと思う。「アルコールを飲んで走る機械」だな。

『商品先物取引』という本が面白いのは、個人客向けに商品取引の入門編としての説明があるだけではなく、商品取引業界の問題点など、今後改善が求められる点と改善案が示されているところにある。日本の商品取引市場では、当業者、すなわちその商品を実際に取り扱っている業者の参入が少ないのだという。つまり、たとえばプラチナを市場で調達はするが、プラチナの相場に参入はしない、ということだ。それは、今までの「商品先物はあぶない」という悪印象が強すぎるからなのだという。その結果、市場参加者は商社と個人だけになってしまい、情報が圧倒的に多い商社が個人客に勝ち続けているという構造になってしまっているのだという。これは日本だけの特異な現象なのだそうだ。

当業者が先物相場に参入するメリットは、価格のヘッジにあるのだという。つまり、現物を所持していると価格変動により思わぬ損害を被ることがあるし、また必要なときに市場で調達しようとすると思わぬ高価格で予算オーバーになりかねないのだが、先物市場でリスクヘッジすると価格変動リスクが最小限にとどめられるということなのだそうだ。リスクヘッジということは相場的には必ずしも勝つ必要はないので、それだけ個人客にも勝つチャンスが生まれ、相場の健全化にもつながるのだという。私もまだ完全に理解したわけではないが、結局既に取引もネット化され、昔のどろどろした印象とはかなり違うようになってきているようだし、産業のきちんとした成長のためにも市場の規模を拡大していくことは必要なのではないかと思った。そのあたり、政策的な誘導がもう少しあってもいいのではないかと思うのだが、さてどんなものか。読了。(2.17.)

[近藤雅世関連情報]

円塾 近藤雅世(紹介)

フィスコ・コモディティー

近藤雅世の商品先物価格予測(ブログ)

  

トップへ