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野村進『千年、働いてきました』

千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン

角川書店

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午後遅くとにかく気分転換をしようと丸の内の丸善に出かけ、ぶらぶらする。今考えてみたら何か天文学の本を買えばよかったと思うが、そのときは思いつかなかった。結局野村進『千年、働いてきました 老舗企業大国ニッポン』(角川Oneテーマ21、2006)を購入。これも読みかけだが、日本には創業100年を超える老舗企業が10万社以上存在するのだという。一番古いのは法隆寺創建当時からある金剛組で1400年以上。まあこれは別格だが、200年、300年ならごろごろあるようだ。これは世界的にも特殊なことらしく、ヨーロッパの創業200年以上の企業だけが加われるエノキアン協会で一番古いのはフィレンツェのエトリーニ社で、1369年創建だそうだ。日本にはそれより古いのが100社近くあるという。

そしてもうひとつ特徴的なのは、これらの企業の半数が製造業、つまり職人の企業なのだという。これはよく言われるように日本は職人の地位が高いということもあるが、もうひとつには権力の手厚い庇護があったこと、逆に言えば職人の側が権力を信頼していることも大きいということを著者が書いていて、それはなるほどと思う。職人と権力の相互信頼関係のない社会、たとえば植民地社会などではこういう老舗企業は成立し得ないというのはその通りで、実際そのようである。

この本ではそのような老舗の職人的な企業が、実は携帯電話を作るような技術に深く関わっているという話が展開されるらしいが、まだそこまで読んでいないので、楽しみにしたい。(11.12.)

特急の中で野村進『千年、働いてきました』(角川Oneテーマ21、2006)を読む。これはかなり面白い。老舗企業の最先端技術、という観点。同和鉱業の「都市鉱山」とはすなわち廃棄された携帯の山。この1トンあたりの貴金属の含有量は、鉱石に比べて比べ物にならないくらい高いらしい。それが不純物をたくさん含む銅山で培われた精錬技術がものを言って他の追随を許さない、などという話は全く「日本のものづくり」らしい話しだなと思う。

羊の毛を抜けやすくして毛を刈る手間をなくした新技術の発明はヒゲタ醤油。アトピーに有効な健康補助食品を開発した酒造会社。西洋近代科学の問題点をつく穏やかな社長の言葉はまるで先鋭的な哲学者だ。ちょっと驚いた。木蝋(ろう)の会社がシックハウスを防ぐコーティングを発明したり、「三代目あたりの養子」が発展させた呉竹の筆ペン事業など、どれもこれも興味深いものが多い。

伝統の技を受け継ぎ、その技術で何ができるか、新しい事業を模索する。また既存の技術の改良・開発に務める。そうやって老舗企業が生き残ってきた、というのはなるほどなあと思う。

特に勇心酒造の社長の、「近代に入ってから日本人はお米の新しい力を引き出して来なかった」という指摘には強引に目を開かされるような力強さを感じた。お米の力、といえばただ食べるほかに清酒や味噌など様々な醸造技術によって引き出されているわけだけれど、明治以降はそういう新しい技術の開発がない、という指摘は全く思いもかけない指摘で、驚いた。そしてそこに可能性を見る醸造家がいるという現実はすばらしいことだなあと思った。ライスパワーエキスと名づけた製品をアトピーに有効な健康食品「アトピスマイル」に作り上げ、ようやく黒字を出したのだという。この技術を大手の製薬会社が共同事業の名のもとに技術を巻き上げて、「米から出来た入浴剤」として売り出したりしたこともあったという。この製薬会社の名は社長の意向で伏せられてはいるが、こういう仁義のなさは職人的な日本とは対極にあるものだなあと思う。

自然には無限の可能性が秘められている。そしてその自然と対話しながら、新しい可能性を引き出していく。そういう方向性が日本的なものづくりなのだなと思う。豊かな気持ちにさせてくれる本だ。未読了。(11.14.)

野村進『千年、働いてきました』読了。このあとのどのエピソードも面白い。ブリキ製造業がカンテラを作ることでガラスの技術を得、それが鏡の分野への進出の始まりで(ところで鏡台作りが静岡の地場産業であるということははじめて知った)、トヨタにバックミラーを納めるようになり、今では全国の4割のシェアを持つのだという。岡山の林原産業のエピソードなども実に面白いものが多かった。

老舗の企業が成功するのは結局本業を守りつつその応用分野への進出程度にとどめることで、本業が何かという意識を捨てたらダメだ、という話はなるほどと思った。どうやったら独創的なアイデアを見つけられるか、という問いに対し、林原社長は単なる組み合わせだと思う、という。著者はそれを敷衍し、「チャップリンのステッキ」というたとえを使う。どた靴もだぶだぶの服も山高帽も付け髭も使い古されたギャグの小道具に過ぎなかった。チャップリンの独創は、それらを組み合わせてそれにステッキを加えたに過ぎない、という話である。しかしそれによって統一性が生まれ、全く新しいスタイルのコメディアンが誕生したと観客の目には映った、というわけだ。この話は非常にわかりやすいと思う。

周りを見渡す目と自分の仕事を客観的に見る目、それを組み合わせる工夫とそこに「世の中に役に立つ」可能性を見出すセンスがものをいう、ということになるだろうか。こういうことはまさに言うは易し、という感じのことで、日々の仕事に追われている中でそういうことを見出すのは難しいことだろうと思う。しかしチャップリンのステッキという考え方は、いろいろなことについてヒントになるのではないだろうかと思った。(11.16.)

  

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