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所功編『名画にみる国史の歩み』

名画にみる国史の歩み

近代出版社

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『名画にみる國史の歩み』は子どものころよく読んでいた日本史の子供向けの本などに挿絵やカラーページで出ていた絵が多い。民の竈は賑わいにけり、の仁徳天皇の絵だとか蘇我入鹿の誅殺を志していた中大兄皇子が蹴鞠をしているときにくつが脱げ、中臣鎌足がそれを拾って差し出すことをきっかけに皇子に接近した故事の絵とか、醍醐天皇が民の辛苦を思って宮中で上着を脱いで過ごしている絵とか、などである。私はこの醍醐天皇の故事は村上天皇だと思っていたのだが。

一番印象に残っていたのは楠木正成の「桜井の子別れ」の図だろうか。日本画の画集が欲しい、と思ったのは一番にこの図が思い浮かんだからだった。編者のひとりが、これは画集でなく国史の本である、ということを強調しているのでちょっと引っかかったのだが、戦前に日本の美とされたものをもう一度考えてみるにはこの本は参考になると思った。

よく読んでみると、どこかで見たことが多いこれらの絵は現在の天皇陛下が誕生された昭和8年に東京府がそれを記念することを企画して当時の一流の画家たちに依頼して描かれた78点の『國史絵画』であることを知る。しかしこれらの絵画連作が完成したのは昭和17年で、これらを所蔵するはずの養正館の建設も既にままならず、その後の敗戦もあって以後は東京都に死蔵されていた。昭和36年になって伊勢神宮に譲渡され、現在では神宮徴古館に収蔵されているという。散逸せずに収められて大変良かったと思う。

画家として名前を知っているのは伊藤深水だけであったが、彼は弟橘媛の走水の入水を描いている。本の表紙にもこの絵が使われていて、やはりこの連作の代表作という位置付けなのだろうか。裏表紙は紫式部で、ただたんに美人画が採用されただけなのかもしれないが。

弟橘姫については現在の皇后陛下が『橋をかける』という御著書の中で感銘を受けたといわれているので、やはり戦前の女性にはその自己犠牲の精神が大きな影響を与えたものと思われる。私が桜井の子別れが印象に残っていたのは、やはり自分が子どもだったからその『受けつがれる意志』というものに感動を覚えたのだろう。話は違うが白虎隊に感動したのもやはり自分が子どもだったからに違いない。世界中、自己犠牲を尊いものとする説話には事欠かないが、最近の日本ではほとんど取り上げられなくなってきているのはやはり時代の風潮の退嬰現象だろうと思う。自己犠牲というものの持つ精神の緊張感に時代が耐えられないということではないかと思う。(2003.10.5.)

  

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