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バイロン『マンフレッド』

マンフレッド

岩波書店

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地下鉄の中でバイロン『マンフレッド』はほぼ読了。短い劇詩。ファウスト的な人物。いくつか引用してみる。

p.63「結局この男の覚えたのは私たちがよく知っている一事だけ――/つまり知識は幸福ではないということ、/学問とは無知を別の種類の無知と取りかえることに過ぎない、ということでございます。」

バイロンらしい言い草。ロマン主義。あらゆる知識を得、あらゆることが可能になったという肥大した自我。それが並んでいるところはいかにも退屈なのだが、これが「ヨーロッパの自負」というものだよなあと思いつつ読む。しかしその肥大した自我が女性との罪ある関係に悩むという、現代人から見るとある種のアンバランスがあるのが面白い感じがする。

p.79「わたくしも若いころには/そうした地上の幻想や、高尚な願望を持っておりました。たとえば、他人の心をわが心とし、国民の啓発者となり、どこかへ知らぬままにも/向上して行きたいなどという――いや墜落かもしれませぬ。/だが墜落にしても、山間の瀑布が、/目くるめく高みから身を躍らせて、/あわ立つ深淵の激動のさなかに/…/その淵の底深くに力強く横たわる、そのようなことを――だがそれも過ぎ去ったこと、わたくしの思い違いでした。」「と申しますのは?」「自分の性質を制することが出来なかったからでございます。およそ人を支配せんと欲するものは人に仕えねばなりませぬ。卑しい奴輩の/あいだにあって力ある者たらんと欲すれば、おもねり、哀願し、二六時中眼をくばり、/あらゆる場所に探りを入れ、虚偽の権化とならねばなりませぬ。大衆とは/そういうものなのです。わたくしは群れに/交わることをさげすみました、たとえ首領になるにしても――狼の群れであろうと。/獅子は一人ぼっちです。わたくしもそうなのです。」 うーん、この饒舌さ。一瞥して次に行ってしまえば一瞬だが、打ち出してみるとこんなにくどくどいろいろ言っていたのかと改めて驚く。「人を支配せんと欲するものは人に仕えねばなりませぬ」とはどこかで聞いた台詞だが、バイロンだったんだなあと思う。

p.98「過去においておれの力は、/お前の輩との契約によって購ったものではない。優れた学問によるのだ――難行苦行、奔放な勇気、/長期の徹宵、不屈の心力によるのだ。」 この台詞は明らかにファウストを意識している。マンフレッドはメフィストフェレスに魂を売ったファウストではない、と宣言しているわけである。これが近代人の自負というものだろう。18世紀後半と19世紀前半の絶対的な差。少なくとも主観的には。

p.21-25の呪詛が誰に向けられたものなのか、解説にいろいろ書いてあるが、よくわからない。あんまりぴんと来ない。特定の人間ではないような気がする。

最終的に、p.100「お前ごときものがおれを誘惑したのではない、誘惑できたわけもない。/おれはお前にだまされもしなかったし、お前の餌食でもない――/おれ自身がおれの破壊者だったのだ。そして今後も/それにかわりはない。――帰れ、見込み違いの悪鬼めら!/死の手はおれの上にある――が、おまえの手ではないのだ!」と叫んでマンフレッドは死んで行く。こういう明確な近代人像は実はあんまり読んだことがなかった気がする。読了。50円は安い。(マーケットプレイスで見たらユーズドで1840円だった。びっくり。)(6.20.)

  

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