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戸部良一『逆説の軍隊』

日本の近代 9 逆説の軍隊

中央公論社

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戸部良一『逆説の軍隊』(中央公論社)読了。陸軍についての基本的な知識や問題について総合的に書かれていて参考になる。軍隊について何か一冊、と言われたら勧められる一冊だと思う。声高に非難するでもなく弁護するでもなく、冷静で適度な距離感が読みやすく理解しやすい大きな理由だと思う。著者は防衛大学校の教授だが、この距離感はあるいは自衛隊と旧陸軍の間の距離感を反映しているのではないかという気もした。

軍紀をめぐる問題についてが興味深い。良兵良民主義ということばがあり、それはよき兵はよき民である、というひとつの理想があるわけだが、現実には将兵は社会から採用され、社会に帰っていくので現実の社会との関係で将校や兵卒の資質というものも大きく影響される。社会の頽廃は軍紀の弛緩に直接に結びつくわけで、明治以来の軍隊が常に軍紀について試行錯誤しているのが日本の社会の実態をかなり忠実に反映しているような感じがして面白かった。

軍が統帥大権に依拠して活動する機関であるように、国会が立法大権、内閣が行政大権や外交大権に依拠して活動する機関であって、同様に天皇大権を分有する諸機関に対し、常に対抗しながら存在せざるを得なかったありさまも興味深い。

大正時代の後期に数度に渡って当時の用語では軍制改革と称した軍縮が行われるが、これは第1次世界大戦で高度に進展した欧米諸国の新兵器開発と装備を含む総動員体制を追いかけるための費用の捻出という面があったわけだが、それによって相当多くの将兵が予備役に回され、また転籍を余儀なくされた。「失業」に対する補償も十分でなく、就職もままならず、残留してもポスト不足のため人事が停滞して前途に希望をもてない、という状況が生み出された、という話を読んで、軍縮というのはまさに軍隊のリストラだったのだ、と納得した。

多くの連隊が解散され、起居を共にしてきた将兵が散り散りになることは、大工場が閉鎖になるのと同じ、あるいはそれ以上の感傷を呼んだようだ。天皇から親授された軍旗を奉戴することを誇りとしていた連隊がその軍旗を返納するということは自らが奉職してきた軍人としての人生の意味を問い直さざるを得ない事態だったのだろう。

軍旗は連隊において大元帥陛下の象徴であり、軍旗を守護している間の旗手・軍旗衛兵・軍旗中隊は天皇に対するとき及び拝神の場合のほかは、上官に対しても敬礼を行わない、という神聖性を帯びたものとされたという説明もいろいろと疑問を氷解させるものがあった。西南戦争のときに乃木希典が西郷軍に軍旗を奪われたということを死ぬまで苦にしていたというのも、それだけの強烈な思い入れがあってこそなのだ、とようやく理解できたように思う。

また、どおくまんの『嗚呼!花の応援団』は巨大な団旗を保持する怪力の旗手、青田赤道が主人公だが、「絶対に団旗を倒さない」ことに対する徹底したこだわりが描かれていて、どうしてそこまでこだわるのか、と思っていたが、これは軍旗以来の伝統なのかなあ、と思い当たった。

おそらく同時代の人たちには説明など不要なことがあとの時代になると一番わかりにくいことになる。軍に関することではそういうことが実にたくさんあるのだろうなあと思った。(2002.5.7.)

  

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