トランプ・ゼレンスキー会談決裂の背景:影の主役・プーチン/トランプはなぜプーチンを信頼するのか/ヴァンスという劇薬/国民民主党の躍進とそれを受け入れない新自由主義的政治・官僚・学閥・高所得エリートたち

Posted at 25/03/03

3月3日(月)雨のち雪

昨日は地元のお稲荷さんの「初午」があり、同じお稲荷さんの講中の人と参拝し、直会をやった。地元の人たちの話を聞いたり、御柱の話を聞いたりしたのが興味深かった。面白かったのは御柱の木の伐り出しの話で、太い木なら大丈夫というわけではなく、中がウロになってたりすることもよくあるのだという。これと思って切ってみたら中に大きなウロがあってやり直し、ということもあるのだそうだ。最初はそういう木が増えたということなのかと思っていたらそういうわけではなく、もともとそういうものらしいということがわかった。確かに足掛け7年建てておくものだからあまりいい加減なものでは困るわけで、木を選んで切り出すということ自体がまず大変なんだということがわかって面白かった。

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ゼレンスキーとトランプの会談が決裂した話、色々と考えるべきところはあるけれども、ゼレンスキーがゼレンスキーであること、プーチンがプーチンであること、トランプがトランプであること、そしてヴァンスがヴァンスであること、彼ら自身のパーソナリティと彼らが持ってる背景全体からいろいろ考えていかないといけないことは多いと思った。

ちょっと驚いたのは、「ゼレンスキーは我慢すべきだった」とか「トランプは暴君」「ヴァンスが一番悪い」そのほか、関わった人たちに善悪の評価をつけようとする人があまりに多いということ。私自身は誰がいいだの悪いだのということには全く関心がなかったので、みんなそういう倫理的なことを言ってるということに最初理解できなかった。外交とか政治ってそんなものじゃないだろうと思う。ゼレンスキーがやったことも半ば世界やヨーロッパに向けてのアピールだし、トランプやヴァンスの振る舞いも支持者たちに向けてのパフォーマンスという面もある。評価するならそれが成功しているかしていないか、外交交渉としてこれは成立させるべきだったのか、成立しない必然性があるとしたらそれはどういうことだったのか、というようなことを考えるべきだろうと思う。

トランプは結局昼食会をキャンセルしてゼレンスキーとその代表団を追い出したわけだけど、トランプはゼレンスキーの分の昼食も平らげた、というのはちょっとおかしかった。彼も少しは落ち着いただろうか。怒ってしまったのもお互い腹が減っていたからかもしれない。昼食にありつけなかったゼレンスキーが代わりに何を食べたのかがちょっと気になる。マクドナルドだろうか。

あの会談にはいなかったけれども、もう一人の主役は明らかにプーチンであるわけだ。このような窮状にウクライナが陥っている一つの理由は1990年代に旧ソ連の核兵器をウクライナが全て放棄し、その代わり防衛を核保有国が約束する、というブダペスト覚書があったのに、2014年のユーロマイダン革命の際、プーチンは「今のウクライナは革命が起こり新しい国が立ち上がったのでこの国に対する防衛義務はない」とブダペスト覚書を一方的に破棄してクリミア・ドンバスを占領したわけである。

革命が起ころうと何しようとしれはその国民・民族の自由であるはずだが、要するにプーチンには「民族自決」とか「国家主権」という概念はない、というか空虚なものだと考えているということは確かだろうと思う。トランスやヴァンスも本質的には同じだ、という見方もあるしそれはそれなりに有力だが少なくともアメリカの指導者はそういうことは言わないようにしてきたことも事実で、トランプはそのルール自体はちゃんと理解しているから、その辺りがトランプとプーチンの本質的な違いではあるのかなとは思う。

可能性はともかくとしてウクライナは今からでも核兵器を持つべきかもしれない。現状そこまで余裕はないだろうけど。

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トランプとゼレンスキーの決裂前に記者が「もしロシアが侵攻しようとしたらどうするか」と尋ねるとトランプ大統領「私はそんなことは起きないだろうと言ったばかりだ。もしそうなるなら私は取り引きをしない。もしそうなると思ったら、私は取り引きをしない。あなたはCNNに集中し、生き残ることに集中すべきだ。私にこんなばかげた質問をするべきではない。」と言っている。つまりこれはトランプがプーチンとの個人的な関係に相当自信がなければ言えないことなのだが、要するにつまりはゼレンスキーに「俺に任せろ、話はつけてやる」と言ってるということになる。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250302/k10014737411000.html

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250302/k10014737431000.html

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250302/k10014737471000.html

トランプが「彼ら(ロシア)が破ったらどうなるのかなど、知ったことではない。バイデンと(の合意)なら破るだろう。バイデンへの敬意はなかった。オバマにも敬意はなかった。 私のことは尊敬している。プーチン氏は私と一緒に多くの苦難を経験した。うそっぱちの魔女狩りに遭って、彼とロシアは利用された。ロシア、ロシアと。聞いたことがあるか。詐欺師のハンター・バイデン、ジョー・バイデンのぺてんだった。」と言っているように、結局トランプは終始一貫して民主党政権を攻撃しているだけ、つまり国内政治の延長であるわけだ。

読んでると、「プーチンは俺の味方だ!なぜそれが解らないんだ!」と言ってる感じがあって、なぜそこまでプーチンを信じているのかそこら辺を分析して欲しいなと思うのだが、何かそういう記事はないんだろうかと思う。トランプは自分のプーチンとの個人的な関係を信頼しすぎている感じがしてそこが危なっかしい。プーチンはそういうところにつけ込んでくるある種の悪の天才であり、安倍さんもそれに騙された。

トランプはプーチンと何度も話してるようだけど、プーチンもゼレンスキーのことを「あいつは信用できない、相手にすべき男じゃない」とトランプに吹き込んでる気はする。それでトランプは「こいつらは憎しみあってるからいっちょ俺が中に入って話をつけてやろう」と思ってる感じ。地域の顔役並感。ゼレンスキーが執拗に「プーチンは信用できない」と言っても、「わかったから先に話をつけてやるから俺に任せろ」と返すわけでそこら辺はいつまで経っても堂々巡りだった。

しかしその堂々巡りをそのままで終わらせておけばよかったのだが、その均衡を破って決裂に導いたのはヴァンスだったと思う。読んでる限りではヴァンスが口を挟まなかったらゼレンスキーは我慢したんじゃないかという気がする。ヴァンスという人はヨーロッパの政治家に拒否反応を起こさせる天才だ。他のいろいろはともかく、トランプとゼレンスキーはヴァンスを交えず一対一で会うべきだ、というのはその通りだと思った。あれはヴァンスの存在が二人の関係をおかしくした。

ヴァンスの発言はつまりは「普通のアメリカ人の訴え」だったと思うのだが、ゼレンスキーはむしろそういうものを初めて直に聞いて戸惑ったんじゃないかという気がする。

ヴァンスが「普通のアメリカ人(というかMAGA支持者)」の代弁者として「礼はないのか?」と言ったことに、ゼレンスキーは明らかに「この人は何を言ってるんだ?」という感じになったと思う。ここでゼレンスキーがヴァンスの言いたいことにピンときて昨年のアメリカ議会での岸田演説(あなたたちは孤独ではない)と同じようなことをいったら多少は納得したかもしれないのだが、ゼレンスキーには多分そんな発想も余裕もなかっただろうと思う。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240411/k10014419741000.html

ヴァンスは「感謝されないのに世界の警察官をやってたんだから少しは感謝の意を見せろよ!」と「アメリカ有権者の本音」をぶつけたのだが、ゼレンスキーは何を聞かれているのかをうまく読み取れなかったのだろう。要は岸田さんみたいに「米国は独りではありません」とアメリカを慰撫する発言がそこでは必要だったのだけど、そこまでは流石に器用ではなかったのだろうと思う。

改めてこのトランプ政権というものを考えると、良い意味でもそうでない意味でもある種の革命政権ではあると思う。トランプ政権も返り咲きの二期目で本当にやりたい放題やっているけれども、一度MAGAが天下を取らないとアメリカは落ち着かない感じはあるので、これからがまたアメリカの立て直しの時期になるのだろうと思う。

MAGAも、トランプになることで利益を得るグループも当然いるだろうとは思うが、ヒルビリーやホワイトトラッシュと言われた人たち、また若い男性たちなど「政治から忘れられた人々」が9割くらいな気がする。ただ、2024年の選挙では2016年2020年と違って中間層でも大手を振ってトランプを支持した人たちがかなり多いようには思った。

今のヴァンスはまあ、つまりは存在自体が「劇薬」だと思う。トランプとプーチンの会談に同席しても話を壊す可能性もあるかもしれない。それもちょっとみたい気はする。

結局あの会談はトランプがトランプで、ゼレンスキーがゼレンスキーで、ヴァンスがヴァンスだったから起こったとしか言えない悲喜劇だったと思う。まあでもあれでゼレンスキーが「アメリカというもの」を学んだらよかったという気もするけど、ちゃんとそういうことを伝えられる「アメリカの専門家」がゼレンスキーの周りにいるかどうかが問題だろうとは思う。今までゼレンスキーはバイデンに頼っておけばよかったので「アメリカというもの」に対する研究が足りなかっただろうとは思う。

またNATOの事務局長とかもアメリカと和解すべきだとゼレンスキーに説教するのもいいが、ヨーロッパ人たちは彼ら自身がアメリカというものに対する理解が欠けてるので誰かそこらへんのところをアメリカ社会の専門家が説明しに行って欲しいなと思う。

ウクライナ戦争を通して、アメリカはロシアの弾薬生産能力を見くびっていた一方、自国に十分な生産能力がないことに気がついたのは衝撃だったとは思う。1940年台のレンドリースの時代は過去のことになっていた。製造業は徹底的に弱くなってしまっているからトランプの4年間では十分には復活できないとは思う。手っ取り早く工場誘致を求めるのも良いが、地道に新しい工業を、AIなども駆使しつつ起こしていくしかないのだろうと思う。

ヴァンスの「ウクライナはトランプ(アメリカ)に感謝すべきだ」というのは結構本気で言ってる。アメリカは自分たちも大変なのにたくさんの武器や援助を送ってくれて本当にありがたいと思っている、この戦争が終わったら同盟国としてアメリカの役にも立ちたい、くらいのことを言えばヴァンスもそれなりに納得しただろう。つまりはそういう「普通の(MAGA)アメリカ人」のルサンチマンみたいなものが直接かなりの純度でぶつけられたわけだが、そういうものをヨーロッパ人はどうも理解できないのだなあと思う。

今の時点であまりヴァンスを持ち上げるのも慎重になった方がいいと思うけど、頭から否定するのは違うと思う。彼はすでに有名作家であり、上院議員も経験し、トランプのランニングメイトに選ばれ、大統領選勝利を結果したわけですから。彼の存在はトランプがホワイトトラッシュと蔑まれた人々を見捨てなかった、彼らをMAGAに組織してその思いを国政に反映させる象徴的な役割を果たしているのだから。

ホワイトトラッシュ(白いゴミ)と言われたラストベルトの白人たちを「ふつうのアメリカ人」と呼ぶことに抵抗はあるかもしれないけど、彼らを否定するのは弱者男性はふつうの日本人ではない、といっているのと同じような傲慢さを感じてしまう。

まあいろいろととっ散らかったが、つまりは彼らのメンタリティやパーソナリティ、彼らの支持者の実情、彼らを取り巻く背景、影の主役であるプーチンとロシアというもの、それぞれについて理解を深めることがよりこの問題の本質に近づくためには必要なのではないか、ということだと思う。

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最近思うのだが、国民民主党って要するに民社党なんだ、と考えればいいのだと思う。つまり、古いタイプの野党。民社が社会党から分裂したのは安保国会前の1960年なので、65年の歴史。立憲民主党みたいな松下政経塾上がりがwoke仕草やってるところと訳が違う感じがする。安全保障は右で経済政策は左だからまあ私の志向とは合致する。

財務省にしろ石破自民党にしろなぜ国民民主党の「手取りを増やす」なんていう実現可能な政策を毛嫌いするのかあまりよく解らなかったのだけど、要は彼らがやってきた新自由主義政策を否定するものだからなのだなと思った。最近あまり「新自由主義」という言葉を聞かなくなったけど、それだけエリート層には内面化されてしまったということなのだと思う。

国民民主党は経済格差の是正というと財務省が嫌がるから「手取りを増やす」という主張にして国民の広範な支持を得た訳だが、財務省は恒久減税というもの自体を毛嫌いしているし自民党エリートも中流以下の痛みはわからないからお為ごかしに乗せられている。経済格差の問題を目眩しするためにジェンダーとか女性とかプッシュしてて立憲がそれに乗ってるのは馬鹿くさい、というか結局同じ穴の狢なんだなと思う。

もう一つの目眩しが「世代間格差」。これに乗せられて老人叩きに勤しむ人が多いけど、老人が福祉が薄くなっても自分達にそれが回ってくるわけではないから馬鹿みたいな話なんだよね。国民民主党が「現役世代の手取りアップ」というのはうまいアピールの仕方を思いついたものだと思う。

「現代日本のエリートの平等観 社会的格差と政治権力」という本をAmazon KindleでDLして読んでいるのだが、なるほど新自由主義というのはこういうものかと思う。この辺のところをまた改めてまとめて書いていきたいと思う。

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