大阪高裁判決に対する反応への懸念
Posted at 24/12/22
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12月22日(日)雪のち晴れ
昨日は仕事が終わった後はうちに帰ってご飯を食べて、なんとなくネットを見ていたらいろいろな議論をしていたのでついそれに参加したり。早く風呂に入って早く寝ようと思っていたのだが、思ったより遅くなってしまった。でも久しぶりにまともな議論ができたのはよかった。結論はまあ、「行き違いを確認した」くらいなのだけど、最近はそれさえできない子どもっぽい人が多いので、こういう議論ならしてもいいなとは思った。
昨日のインターネットで一番印象的だったのは、「大阪高等裁判所で性的暴行の罪に問われた男子大学生2人に無罪」という判決が下り、それに対して激昂した人々がなんと裁判官に対して抗議の署名活動を始め、Twitterでも「#飯島健太郎裁判長に抗議します」というハッシュタグをつけて裁判官の人心を攻撃するような活動を始めたことである。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/otsu/20241218/2060017254.html
署名に対してうまくリンクを貼れないのでググっていただけばわかるのだが、ずいぶん多くの著名人が、女性初の弁護士をドラマ化した「虎に翼」の脚本家を含めて署名しているようで、驚きが広がっている。
私のタイムラインでは常識的にこうした活動に対して懸念を表明している人が多いのだが、特にフェミニストの人たちが多く参加しているようだ。
彼らが主張しているのは「無罪」になったことがおかしい、ということなのだけど、刑事裁判の基本というのは「推定無罪」であって、被疑者が有罪であることの立証責任は検察官にある。その立証が杜撰であれば裁判官は被告人が有罪であると合理的に判断できないわけで、無罪になるのが当然なわけである。
刑事裁判というのは当然ながら、裁かれる側の人権を制限するのかしないのかという判断であるから、最大限慎重に行われるべきだし、今年はそれが行われなかったことで死刑判決を受け、数十年服役した袴田事件が今年ようやく再審無罪が確定した年でもあった。
このような判断は現在の制度では普通は一審では裁判員に委ねられているが、高等裁判所の第二審では専門の裁判官の判断に委ねられる。いろいろ記事を読んでも一審が裁判員裁判だったかはわからないのだが、このような裁判での裁判員≒陪審員を描いた作品が「十二人の怒れる男」である。同情の余地のない有罪とされた被疑者を正義感の強い陪審員が一つ一つ疑問点を掘り起こし、周りを納得させていく展開は法定劇の定番の一つだろう。
ただ今回は裁判官による裁判であるから、検察の立証とそれを受けての裁判官の判断ということになる。同意があったかどうかが判断の分かれるところであったわけで、その証拠を見て「同意があった疑いが払拭できない」としたのが高裁判決だったわけだから、検察が立証しきれなかったということになる。
しかしこの判決を攻撃する人たちは裁判官の判断に問題があったとし、個人名を挙げて攻撃を加えているわけで、明らかに行き過ぎであろう。
私自身としては高裁判断はとりあえず尊重されるべきだし、検察が納得できなければ上告するだろうから、最高裁でまた判断を受ければいいことで、判決の批判をするのは構わないが、署名運動のように直接的に圧力をかけることについては、民主的な司法に対する集団暴力的な圧力ではないかと思う。
こうした有形無形の個人への危害の懸念が戦前の政党政治家に行われた結果、軍人や官僚のみが首相になって政党政治が途絶えてしまったことは誰でも知っていることだろう。
裁判官は、「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、憲法及び法律にのみ拘束される(憲法76条3項)」と定められている通り、良心に従って判断を下したわけだから、その判決に対して人格的な攻撃を加えることは憲法を踏み躙る行為だろう。
実際のところ、今年は沖縄県が最高裁判決に従わないという常軌を逸した行動をとった年でもあったし、そういう意味で日本の司法の鼎の軽重が問われている部分もあるようには思う。
司法の独立という点で有名なのは日露戦争前にロシア皇太子が来日した際、警備の巡査に切り付けられるという事件があった。奇しくもこれも滋賀県大津であり、「大津事件」と言われている。当時は日本国民にはロシアを恐れる人が多く、ロシアを慮って死刑にすべきだという意見で沸騰した。中にはロシア皇太子に謝罪すると言って割腹自殺した女性もあったほどであり、伊藤博文をはじめ政府の要人も死刑という主張が強かった。しかしこの時の大審院長児島惟謙の判断は、傷害で死刑になるのは日本の皇室に対してのみであって、ロシア皇太子はそれに該当しないと世論の逆風の中で判断し、ロシア側もそれを受け入れた。児島は司法の独立を守った人物として日本の司法史に残る人物になったわけである。
正直言って、現代の裁判官たち、司法修習後はほとんど世間に触れない隔離された環境で育成されている裁判官たちが児島のような剛腹な対応ができるのかと言われるとやや心許ないところがある。だからこそ攻撃側も司法制度ではなく裁判官個人を攻撃対象にするという前代未聞の行動に出ているのだろう。
裁判の結果に不満を持つ人は当然ながら今まででもいたわけだけど、それを署名活動によって従わせようというのは一線を超えた感じは拭えない。今後世論の分かれる判決ではそうしたことが繰り返されていくのかと思うと懸念を禁じ得ない。
裁判官も人間だから良心に従って判断しても間違った判断を下す可能性はゼロではないが、検察の立証に落ち度があると感じたら推定無罪にするのが原則である。そうした裁判官の判断が間違に備えて日本では三審制があるわけだから、良心に従って判断した裁判官を批判することはともかく人格的に非難することはいいこととは到底言えない。今のように広範囲に署名活動などを行なって個人攻撃を加えていこうとすることは尚更民主的司法制度を危うくするものだ。
私は保守の立場なので日本の司法制度や立法も保守的に見直していくべき部分があるとは思っているが、その場でその職務についている人たちの仕事に対しては敬意を持って対するべきだと思う。もちろんそれは権威があるから敬意を持てと言っているのでではなく、あらゆる労働者や専門家の仕事についてとりあえずは敬意を持って対した上で批判すべきは批判すればいいというレベルでの敬意の表明である。それが儒教的に言えば「礼」の精神だろう。
裁判官の個人情報晒したり顔写真晒したりして攻撃するのは、どこかで見た感じだなと思ったら今韓国で大統領に対してやってるのと同じことだなと思った。こう言う文化は日本には入ってきてほしくないものだなと心から思う。立法・行政・司法全てを政治的な争いに還元していくことが、日本の治安や幸福度を向上させるかといえばそうではないだろう。納得のいかない判断に対しても、手続きをきちんと踏んでいくことが民主的諸制度を、日本の民主主義を守っていくことではないだろうか。
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