「だんドーン」の単行本挿入コラムが面白い:幕末薩摩の研究が十分に進んでいない理由/大久保利通と中村太郎
Posted at 24/10/24 PermaLink» Tweet
10月24日(木)曇り
昨日は雨が降っていたので朝食を食べてブログを書いた後草刈りはお休みにし、一昨日に買ったコミックスに目を通していたのだが、「だんドーン」5巻が目に止まった。
「だんドーン」は明治初年に日本に警察組織を立ち上げた川路利良を主人公にした伝記マンガなのだが、作者の泰三子さんは元警察官でドラマ化もされた「ハコヅメ!」の作者であり、警察を立ち上げた人の伝記マンガというのもこの人ならではという感じで読んでいる。
5巻の表紙は中村半次郎(幕末4大人斬りの一人、後に西南戦争で戦死する桐野利秋)で、5巻の中心的なエピソードは実は陽キャで女性にもモテたと言われている半次郎と陰キャの川路が二人で島津久光が率兵上京する際の藩士たちの米代として船問屋のある下関に金塊を運ぶ、という話が中心になっている。もちろんこれはフィクションなのだが、その際に性格が真反対の二人の中を取り持つために「太郎」が従僕としてついていくのだが、この太郎は川路が二重スパイとして働かせた多賀者(井伊家の忍び集団という設定)の犬丸の息子で、危険を察知した犬丸が川路に預けた子供である。
この作品について今日書こうと思ったのは、5巻を読んでいるうちに忍びの仕事に従事はしているが人が良すぎてすぐ清河八郎らに取り込まれてしまう伊牟田尚平についてコラム的に説明されているのを読み、こういう説明は他にあったっけと思って4巻を読み返していてこの「太郎」についてのコラムがあるのに気づき、1巻からその部分を読み返していたらもともとこれらのコラムこみで作品として成り立たせる意図が作者さんにあったということを知ったからである。
私はDモーニングで読んでいるので、マンガ部分は内容は全部読んでいるし大体は把握していると思うのだが、コラムがそういう意図で書かれているということまでは最初に単行本を買って読んだ時には読み落としていたので、改めて書こうと思ったわけである。
太郎については、作中では最終的には大久保利通の家で養われることになり、大久保が紀尾井坂の変で暗殺された時にも馭者として扈従していて、一緒に殺された中村太郎のことだということには気づいていたのだが、4巻のコラムによると実は中村太郎という青年はもう一人いて、それが桐野利秋の従者で、つまり前名の「中村」の姓を名乗らせるくらい可愛がっていて、最終的には西南戦争で桐野の逃げろという命令に背いて死を共にした青年だったということを知った。
大久保の家にいることは矛盾しないとは思っていたが、なぜ半次郎と川路についてくるのかがよくわからなかったのだけど、作者はこの二人を同一人物として描くという試みをしているのだということを知って、ようやく腑に落ちたわけである。
また伊牟田尚平に関しても、私はあまり知らないながらもあまり良い印象の人物ではなかったように記憶していたので、この作品の中でのほほんとした、というかつまりは「いいヤツ」として描かれているのが割と意外だったのだけど、作者さんが半次郎について調べていく中で、彼にあった人物は皆その人柄を褒めていたそうで、またのちに警視総監を務めた安楽兼道という人物が顕彰碑を建てていることなどから「彼を信用して」いい人として描いているということのようである。
実際、革命時の政治の恐ろしいところは、普段であれば普通に平和に生きるはずの人の良い人ほど、過激なテロに手を染めてしまうところであって、またそれでいて根が純朴で人の良いところは変わらない、というようなところだと思う。こうしたことは、泰三子さんも現在の警察を舞台にした「ハコヅメ!」では書きにくかったような部分だろうと思うし、歴史として描くことでそういう人間性のマジックのようなものも明らかにできるところはあるだろうなと思った。
私は幕末の薩摩について、フィクションも含めてあまり読んだことがあるとは言えず、西郷隆盛の子供向けの伝記などを除けばみなもと太郎「風雲児たち」で読んでいる程度で、司馬遼太郎の作品もこの辺りについては読んでいない。「飛ぶが如く」でも川路は主役級で出てくるようだが、明治以降の話が中心のようなので、また折りを見てこの辺は読んでみようと思う。
1巻を読み直してみると泰三子さんは現代警察を舞台にした「ハコヅメ!」を「描き切るために」まず川路について描くべきだと考えたということなので、その壮大な計画に正直すごいと思ったのだが、いずれまた「ハコヅメ!」の続きが読めるというのは嬉しいことだなとは思った。
そしてもう一つなるほどと思ったのが、「幕末の薩摩の研究自体が十分には進んでいない」という話だった。その理由として「史料が膨大にある」ことはもとより、「やばい文書は廃藩置県の際に全て燃やした」「西南戦争については誰も語りたがらない」など、薩摩の歴史そのものがその原因になっている部分があるというのは納得だった。「風雲児たち」を読んでいても、江戸時代の薩摩は非常に閉鎖的な藩であり、幕府の密偵などが潜入してもすぐにその正体がバレて始末されたために「生きて帰れぬ薩摩飛脚」と言われたという話が出てくる。
江戸時代の薩摩藩は琉球王国を実質的な支配下に置き、宝暦治水では木曽三川の分流工事で多くの藩士が命を落とし、また財政も逼迫したために調所広郷らの主導による密貿易で藩の財政を立て直したとか、いわゆる「お由羅騒動」で藩が割れて激しい対立があったとか、また島津斉彬以降の幕末の歴史においても表に出せないような話はいくらでもあったはずで、それらの文書の多くは始末されているというのはなるほどと思うところはある。
しかし名前は明記されていないけれどもその辺りの事情をこの作品のために調査している郷土史家の方がいて、新たに研究を尽くしたことによって明らかになったこともかなりあるとのことで、それらがこの作品に反映されるというのはすごいことだと思った。
まだ単行本になっていない部分でやはり幕末四大人斬りの一人・田中新兵衛が「マグロ漁船に乗っていた」という話が出てくるのだが、「マグロ釣り」というのは密貿易船の異名で近づくものは全て切り捨てたという記述があって、どこまで本当なのかと読んでいて思ったのだけど、個人の設定とかの話ではないのでおそらく事実としての根拠があって書いておられるのだろうなとは思った。
「風雲児たち」もシリアスな話をギャグを交えながら描いている作品だけれども、「だんドーン」も基本的に主要キャラは皆イケメンで、髪色も割と多彩な(表紙を見ると大人しくはなっているが)現代コメディドラマ的に描かれていて、殺伐とした話も読みやすくなっている。まあ本当に殺伐とした部分はさすが元警察官と思えるようなリアル感のある描写がなされているわけだけれども。
コラム部分だけでも一度読んでまとめておきたい感じはあるのだけど、また時間がある時にそういうこともやってみたい。
***
昼前から銀行を回ったり買い物をしたりしていたのだけど、その途中でツタヤへ行って「見える子ちゃん」11巻を買った。今日は忙しいのでいつ読めるかわからないが、時間のある時に読みたいと思う。
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