来年の手帳/右車線か左車線か/「歴史学はこう考える」何を明らかにしたいかで同じ史料も読み方が変わる

Posted at 24/10/15

10月15日(火)晴れ

自分の体調が今ひとつよく掴めない。昨日は東京にいて夕方実家に戻ってきたのだが、運転の疲れもあるかもしれないが東京が気温が高く、少し歩いただけで汗をかいてしまう感じだったのにこちらの今朝の最低気温は10度でかなり落差があるのが大きい気はする。8時前に帰り着いて氷結などを飲んでマンガやスマホを見ていたりしたら12時を過ぎてしまい、どうもよく寝付けなくて途中で何度かトイレに立ち、それでも外が明るくなったので階下に降りたら6時前だった。

夜のうちにガソリンを入れても良かったのだが起きてから行こうと思っていたので時間的にすぐ出た方が道が混まなくて良いと思い、着替えてお茶を飲んだだけで出かけた。すでに国道には遅い車が走っていて走りづらかったので進路を変え、堤防道路を隣町まで走り、バイパスの方に出てガソリンスタンドで給油。考えてみたら東京の安目のスタンドで少し給油しておけばよかったなとは思ったが、長野県はやはり価格が少し高い。内陸まで運ぶ輸送費がかかるということなのだろうか。附設のセブンでジャンプと牛乳を買い、帰りは国道をまっすぐ帰った。

昨日は11時ごろから丸の内の丸善に出かけ、マンガと本をざっとみた後4階で来年のスケジュール帳を探したのだが、どうも納得のいくものがなかった。表紙は来年は黄色にしたいと思っていて、毎日の予定はバーチカルで朝6時から書けるもの、価格は2000円以内がいいなと思ったのだがうまく当てはまるものはない。2200円で表紙が浅葱色のものはあったのだが、どうもそこで妥協する気もせず、もう少し探すことにした。

というわけで一昨日の神保町も昨日の丸善も何も買わないで帰ってきたのだが、いつもお愛想みたいな感じで少しは買うのだけど、自分が少しは惹かれて買ったものならともかくなんとなくこれでも買うかで当たったことはあまりないよなあと思う。骨董も欲しくなくても買ってしまうのが業、みたいなことを白洲正子が「いまなぜ青山二郎なのか」で書いていたが、書籍もそういうところはある。しかしまあ図書蒐集が唯一の道楽、みたいなわけでもないのでとりあえずこだわりのないものは買わなくてもいいやと思うようになってきた。

それでも自宅にあるもので読もうかなというのは何冊かあって、昨日も書いたが男性ファッションの歴史みたいな本を何冊か持ち帰った。あとは自分自身の修士論文も多分こちらにもあるはずなのだが、持って帰ってきた。自分がやってきたことをもう一度確認、というよりなぞってみたいという感じがあり、なんとなくそこで何かが見える気もするのだが、よくはわからない。

4時前に自宅の横のコインパーキングを出て、一度周回してから戸締りがなんとなく気になったのでマンションの駐車場に仮に停めて10階まで上がって確認して下に降りて再出発した。時間帯もあるのか下道は結構車が多かったが渋滞するほどではなかった。木場入口で首都高に乗り、箱崎の合流で結構混んでいたが、ああいうのはあまりなかったなとは思う。都心環状線も時々止まりながらの感じで、4号新宿線も代々木の手前から渋滞した。いつも右車線を走るのだが今日は左車線を走って山手トンネルからの合流を左から受け入れる車線を走ったのだが、相対的には右車線より走れていた感じがする。永福の手前で空いてきたので右車線に移ったが、また混んできたので左車線に戻った。やはり4号に入ってから高井戸を過ぎるまでは左車線の方が早いという結論に至った。

それでも5時前後には石川PAに入れて、久々に八王子ラーメンを食べる。時間が早いからかかなり空いていた。ドトールでコーヒーも買って、そのまま本線を走る。昨日は本当に最後まで車が多い感じだった。休日の夕方の下り線というのはこんな感じなのかなと。日が暮れてくると上り線が渋滞していて、光の川のように見えた。

境川PAのファミマで書い忘れていたヤンマガを立ち読みしたら「パリピ孔明」が掲載されていたので買った。いつもは八ヶ岳PAにもよるのだが、昨日はあまり疲れていなかったのでそのまま地元のインターまで走り、どこにも寄らないで実家に戻ったら8時前には着いた。行きも帰りも「ふつうの軽音部」リストの曲をかなり大声で歌っていたせいか、喉が少し痛い。

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昨夜はなんとなく夜更かしをしてしまい、0時を超えてジャンププラスの更新(「ダンダダン」「サンキューピッチ」「恋人以上友人未満」「放課後ひみつクラブ」)を読んでから寝たので、どうもペースを崩してしまったのだが、自分の調子を確かめながらペースを戻していきたいと思う。

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「歴史学はこう考える」。高橋論文の導いた征韓論政変の過程についての見方を、書簡の違う部分を参照してそこをさらに調査検討し、高橋論文に付け加える形で過程をより明らかにできる可能性について書いていて、なるほどと思った。またこの論文の後で書かれた勝田政治「征韓論政変と国家目標」では重点の置き方を違う議論をしていて、史料からも「政治家の行動」を読み取るより「政策構想」を読み取ろうとしている、それは高橋が日清戦争に至る対外政策の推移と国内政策の関わりについて明らかにしたいと考えているのに対し、勝田が内務省という官庁を設立させるような政策がどのような事情で形成されたのかを明らかにしたい、という違いがあるからだ、というのは本当に歴史論文叙述の教科書のような書き方で、大変わかりやすいと思った。144ページまで。少しだけ読んだ。

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