弥助をめぐる歴史学の諸問題について:史料実証主義重視の日本史学と口承重視のアフリカ史学、その他東洋史学西洋史学のそれぞれの流儀の対立を利用して差別を主張する勢力の存在
Posted at 24/07/26 PermaLink» Tweet
7月26日(金)晴れ
昨日はすごくやることが多くて午前中に銀行や郵便局にいくつも行ったのだけど、郵便局がシステム障害があって切手を買うのに現金で買えないとかよくわからないことが起こったり、トヨタのディーラーに車検を予約したら代車のシステムが動かなくて予約できないとかシステム障害系のことで時間を取られて余計に忙しさが加速された感はあった。自分の中でも後回しにしていたために問題に気付いてなかったこととかに気づいて余計忙しくなったり、蛍光灯を買いに行ったら信じられないような安いのがあって買うかどうか迷ったがまあ失敗しても大した金額じゃないからいいかと思って買ってみたり、いちいち時間を使わされた。
昨日は「アフタヌーン」の発売日だったので「ブルーピリオド」を読んでいろいろ考えたりしたのだが、まだまとまってないのでこれは後ほど。増村岳史「東京藝大美術学部 究極の思考」を少し読んだが、MBAではなくMFAという資格があるとか、ちょっといろいろ面白いなと思った。これも後ほど。
弥助についての歴史をめぐる史料的な問題について思ったことを少し書きたいと思う。
弥助問題の歴史研究において難しいのは、日本の史料の研究だけでは不十分であることで、つまりは奴隷の運び手であるヨーロッパ人の歴史の研究つまり西洋史学と、同じく運び手でありインド洋の商業の主役であったアラブ商人やインド商人、あるいはタイやマカオなどに残されている様々な取引記録などの研究、つまり東洋史学と、日本史学の分野を跨いだ研究が必要であるのに加えて、無文字社会の地域や時代が長く、そのことから口承から歴史を組み立てようという試みを続けているアフリカ史の研究のそれぞれの分野にまたがって研究しないといけないということで、これらは使用される言語もまた方法論も国家観や研究伝統もまちまちなので、ある分野の常識が他の分野の研究者には通じないという齟齬が起こったりしていることが根本的にある、という理解が前提として必要だということだ。
我々日本人は基本的に歴史を読むのに大変史料が充実した日本史を当然の前提として考えているけれども、世界的にみてそれはそんなに普通ではなく、アフリカ史のように文字がない社会の歴史をどう描くかということに悪戦苦闘してきた分野からしてみれば、重点をおくべきところは違ってくるという側面がある。
これは日本で言えば「女性史」の分野が当てはまる。というのは、史料を書いて残している人は男性が圧倒的に多いということである。近年猛威を振るった言語論的転回の立場から言えば書かれた文書には記録された事実に加えて記録者のバイアスがあるということになり、女性の立場から書かれた文献が少ない以上女性誌は文献だけでは書けない、というような上野千鶴子氏をはじめとする人たちの攻撃によって実証歴史学が譲歩を強いられた部分があったわけである。
私などが読むと女性史あるいはジェンダー史というものは史料批判や史料解釈に恣意的なものを感じることが多いけれども、そういうことと同じことがマイノリティに関しては行われがちだということで、「日本人は黒人を差別していたから弥助を卑小に描こうとしたに違いない」という根拠を文献から恣意的に抜き出してそういうストーリーを作ることは不可能ではない状況が生まれているということはあると思う。
口承を辿る歴史の描写というのは本来非科学的なものではなく、想像しやすいような民俗学的な部分だけではなく、サブサハラのアフリカ人というのは移動生活の伝統があるから、口承を辿って何十年前にはこのエスニックグループはこの辺りにいたと推定される、そして考古学的な証拠もたどる、みたいな科学的論理的な根拠を大事にした研究が基本的には主流である。
弥助の出身地とされるアフリカのインド洋岸南部のモザンビークのあたりは、8世紀頃からアラブ人の商人が現れているので、弥助の時代にはすでにかなりのアラビア語文献が見られるはずだし岡さんの専門のポルトガル語の文献もかなりあるはずで、それらからの歴史の再構築はもちろん可能だし、口承だけに頼る理由はない。
ただ文献の密度では東アジアの方がずっと高いだろう。こういうアフリカ史研究の流儀と史料主義が強い日本の史学とでは見解の相違は発生しやすいと思うし、その違いにつけ込んで「口承を軽視し史料のみを絶対視する」日本の史学の考え方を差別的だと批判する勢力があることにも留意した方がいいと思う。
西洋史学の近年の傾向としては、計量的な研究が増えているというのはあり、日本史学はその点では遅れをとっている部分はあると思う。「荘園」研究など気象学の研究成果や人口学の研究などを積極的に取り入れている研究も出てきてはいるけれども、基本的には史料を読み込み解釈することこそが歴史の本道だ、みたいな考え方はあまり変わってないと思う。
弥助など黒人の子孫が日本にはたくさんいる、というような根拠のない言説についても、例えばY染色体ハプログループの研究などで父方の遺伝子をたどれるわけで、人類学的な共通の祖先のグループをある程度推測することはできる。アフリカ系のハプログループの子孫がここ数代外国人との婚姻のないグループの中にある程度存在するとしたら、アフリカ系の子孫が日本にいたという主張の一つの根拠にはなるが、そういうものあったという話はあまり聞かない。
最終的にこういう科学的な営為の成果を取り上げて歴史に編み上げていくのは史学の仕事のはずなのだが、日本の人文系は「数学ができないから」「理科ができないから」という理由でそちらを選択した人たちが多いのでなかなかそういう方法論は好まれない、ということもあるのだろうと思う。
ただ、こうした世界的な傾向の中で、日本史学だけが「史料のみに依拠した実証主義」だけで世界に歴史を語っていくことはもう困難であることは事実で、多様な背景を持つ研究者が必要なことは間違いないだろう。ただそうなると日本的な実証史学を軽視する人が史料研究の牙城である東大史料編纂所に採用されたりして廿(二十)という字の解釈について突っ込まれたりするような残念なことは起こったりはするのだろう。
ただ先に述べたように日本の歴史は日本人のアイデンティティに深く関わるものだから、基本的には日本の歴史を大事にしてくれる人にやってほしいと思うし、よりアウフヘーベンした歴史学をきちんと構築していける人が日本の歴史学を牽引していってもらいたいとは思う。
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