連休のとある一日/「昭和の日」に能條純一「昭和天皇物語」を読む/「老害」という言葉による批判の正当性と排除の不当性
Posted at 24/04/29 PermaLink» Tweet
4月29日(月・昭和の日)
今日は昭和天皇誕生日、昭和の日。最低気温は13度、割と暖かい。昨日は26度台まで上がり、初夏らしい陽気になった。母が一時帰宅。少し調子が悪いというのでしばらく寝てもらう。回復してから兄弟たちとラーメンを食べたり。夕方になってから母の友達のところ(私も世話になっているが)のところに出かける。電話して行ったが出なかったのでどこかに出かけているのかなと思ったのだが、とりあえず行ってみると奥さんの姿が見えたので声をかけたら、二人で畑で作業していたらしい。ここ数年会えていなかったので、母も喜んでいたのでよかったなと思う。立ち話しかする時間がなかったのだが。
それから昼前に行こうと思っていた湖畔の方に出かけ、買い物に出ていた妹たちも合流し、諏訪湖畔のカフェ(もう夕方で閉まっていたのだが)を見に行ったりまだ残っていた湖畔の枝垂れ桜や八重桜を見たり。夜は下の妹が餃子を包んでいたので手伝った。大丈夫かなと思ったら美味しくできていたのでよかった。夕飯後はいろいろな話をして、11時ごろには寝た感じだった。こういう連休の過ごし方もいいだろう。
***
この間二・二六事件について書いたがその辺りのところを「昭和天皇物語」を読み返した。軍人間の派閥争いや軍人の横暴さみたいなものが描かれていて興味深かったが、今でこそこういう図式も百万回くらい語られてきているからこういう局面も避けられなかったことのように思うけれども、当時を生きていた人たちにとっては常に新しい出来事だったわけで、古い貴族たちや政治家、天皇ご自身や皇族方など、日々新しい知らない事態の中で常に決断を迫られていくような、ヒリヒリした状況であったのだろうなと思う。1936年は1889年に明治憲法が成立してから47年しか経っていないのだが、すでに憲法が定めた体制が破綻しつつあったわけで、それぞれの登場人物がどのように描かれているかを見ていくとともに史実を元にした小説作品をさらにマンガ化していくに当たって能條純一さんの鋭利な絵柄がこの緊張感を出す上で大きな役割を果たしているのだなと思った。
***
老害という言葉があるけれども、高齢者もしくは中高年が若者の邪魔をいろいろな形ですることを指すわけだけど、まあ考えてみれば失礼な話で、若者の方が社会に害をなすことも少なくないわけだからこういう決めつけた言葉は取扱注意だとは思う。
ただ人間は一度は誰しも若者だったから、上の世代に阻まれて自分たちが正しいと思うことが実現が難しくなったりすることは誰でも(というか多くの人たちが)経験しているから、「老害」という言葉に共感を持つわけである。例えば、二・二六事件の時の将校たちも「わかってくれる」皇道派の将軍たちを頼りにしたり反対派の軍幹部や政府上層部などに対しては「老害に物を言わせてやった」みたいな感覚もあっただろうと思う。昭和天皇の強い意思や偶然によって結局自分たちが鎮圧される側に回った時、結局頼りにならなかった皇道派の将軍たちに対しても「老害だ」と強い怨念を持ったに違いないだろうなと思う。
現代においても、左派進歩派は「価値観をアップデートしろ」と言って新しい奇矯で生硬な思想を無理矢理人々に押し付けていって、それに反対する、あるいは順応できない人たちに「老害」「ミソジニー」「レイシスト」「ヘイター」などとレッテルを貼り付け、糾弾するだけでなくオープンレターなどの手段を用いて口封じを画策したり、場合によっては「差別者とは対話をしない」などと自ら窓口をシャットダウンしたりもするわけである。
こういう圧力は、左派進歩派でない人たちであっても「昔の感覚」よりは「今の感覚」を重視する人たち、若者の意見を尊重しないといけないと考える人たちによってむしろ高齢者の考えや中高年の感覚を批判するために老害という言葉が使われ、結果的に喋らせないようにする、みたいなことはよく起こっているのではないかと思う。
しかし老害と罵られようと昔の人たちの昔の感覚の方が実は妥当であり、正しかったのではないか、ということはそんなに少なくはないわけである。時流に乗って若い軍人たちに同調しようとしていた「進歩派」がどういう惨禍をもたらしたかはいうまでもないわけであり、高齢者にも中高年にも発言の権利や正当性はあるわけで、それを封じるのは間違っているだろうと思う。
彼らの意見を聞くかどうかはもちろん聞く側の判断によるのだけれども、「老害」という言葉が「批判」に止まっているうちはその批判の正当性というものはそれなりにある場合も多いとは思うが、「排除」になってしまうと社会や組織にとって必ずしも良いことかとは思う。もちろんそこには権力関係があるのでそこでの抗争において排除せざるを得ないみたいな政治抗争・権力抗争はあると思うが、それは「老害だから間違っているから排除した」というような単細胞な理解ではなくて、「権力闘争の結果高齢者の意見を排除してとあるグループの意見が主導権を握った」のだというより引いた理解をする必要はあるのだと思う。
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