体調と読書とマンガ/ガザ戦争と海運の危機/「正しさの罠」:過剰な正しさへの酩酊と「正しい人々」への共依存
Posted at 23/12/20 PermaLink» Tweet
12月20日(水)曇り
昨日はなんとなく疲れが出たのかあまりいろいろできなかったのだが、兎にも角にも少しずつ体を動かして少しでも仕事を進めようとはしていた。夜は寝不足が出てしまったのかだいぶ眠くて仕方なかった。今朝は夜中に一度起きて手洗いにいき、体の緊張の取れていないところをほぐしたりしていたのだが、4時過ぎに起きて考えたことをノートに書いたり。やり始めて動いていないこととか、ちゃんと動かしていく必要があるなと思ったり。
昨日は読書は「初期仏教」を84/221ページまで、「対話のレトリック」を123/190ページまで読み、仏典結集で何が結集されたのかとか議論における論拠(トポス)の定め方とかを読んだのだが感想はここに書くところまでは至っていない。マンガは「葬送のフリーレン」を5巻から9巻途中まで読み返し、ヤンジャンコミックスを6冊買ってきて「王様の仕立て屋 下町テーラー編」17巻を読了し「ブラックナイトパレード」9巻を54話の途中まで読んだ。ジャンププラスの「ダンダダン」「半人前の恋人」それに「口が裂けても君には」の最終回などを読んだ。こうしてみるとけっこうマンガを読んでるなとは思う。
今朝は出てないかなと思ったが6時前にセブンイレブンまで車を走らせて雑誌を見に行ったがサンデーもマガジンもお休みだったので、「ビッグコミックオリジナル」を買って電気代を払い、カフェラテを買った。オリジナルは「ミワさんなりすます」がクライマックスぽかったので買ってみたがまだ読んでいない。
なんとなく気持ち的に落ち着かないところがあるのとちょっと体の感じが変なところがあってどうもうまく集中できないところがあるのだが、とりあえずかけるだけ書いてみよう。
***
紅海の入り口でフーシ派の攻撃が相次いでいるが、ここは海賊の出没も多い。今回、Maersk、Hapag-Llyod、MSCに続き、CMA CGMも全ての船舶の紅海での航行を停止する事を発表し、世界5大海運会社のうち4社が航行停止してスエズ運河が機能しない状態になっているのだという。これで世界は大きな影響を受けるが、特に中国にとっては一帯一路の要の一つでもあり、頭が痛いだろうと思う。
中国が世界経済に食い込めば食い込むほど、世界経済に組み込まれるわけで、そうなると世界情勢の不安定化に大きな打撃を受けることになる。政治軍事的にも世界経済を支える側に回らざるを得ないのだが、それが政治的な理由で出来ていないということだろう。中国が海賊船やテロリストを捕まえるスキームに参加するのはあまり考えにくいが、政治と経済とどちらを優先するかだなと思う。
私は今朝記事やツイートを読むまで、海運に関してはあまりちゃんと注目してこなかったなと気づいたが、よく考えてみたら超重要である。それがイェメンのフーシ派のテロや海賊行為で紅海航路が閉鎖の危機というのはつまりはガザ戦争の飛び火ということで、ハマスと同じくイランの援助を受けるフーシ派なりのハマスへのエールみたいなものだろう。
イエメンの不安定化はかなり前からだったがあまり注目されてこなかったが、ここに来て一気に注目度が上がり、なんだか張り切ってる感じがする。海賊警備は日本も現状はジプチに派遣しているはずだが、どんな感じなんだろうか。あの海域で危ないのは以前はソマリアの海賊だったが、こちらは最近は沈静化しているのだろうか。やはり勉強不足、情報不足だなと思う。
***
伊藤剛さんや菊池誠さんのツイートを読んでいて本当にそうだなと思ったのだが、「過剰な正しさ」の問題が今の日本を蝕んでいる、ということはあると思う。
https://twitter.com/goito/status/1737137792394899499
これは大事の指摘だと思う。公正の逆説というか、過剰に公正であろうとすることで社会や国家の利益を損ねている。これは財務省が異常に「緊縮にこだわる=財政均衡を求める」ことに似ている。これも、「財政均衡が正しい」という信念に基づいているのだろうと思うが、コンプラの強化もそうだし異様に潔癖にこだわるようになってきている。これは個人においてもそうなっている。
他の例で言えば、「マスクへの異常なこだわり」というのもそうだと思う。着用派も不要派も意固地になっててもはや宗教論争になってる感じもあった。私は緊急時にはマスク着用で結構日本はうまくやったという感想を持っているので、基本は肯定的である。高齢の母がいることもあり、自分だけのことなら多分しなかったと思うが、割合きちんと励行した。しかし別にする必要がない場所でまでしないといけないとは思わない。
簡単に言えば、「マスクなんてただの道具」なんだからするしないは適宜その場で判断すればいいことなのに(長期にわたってしまったからそれを変えるために政府が号令をかけたというのはある程度合理的だとは思う)、親の仇みたいに着用の是非を論じているのはどうかしてる感じはする。これもマスクをするのが「正しい」のか、マスクを外すのが「正しいのか」という倫理的義務をめぐる「正しさ論争」になってしまったからお互いに譲れなくなってしまったわけで、どちらももっと合理的に判断すれば良いのにと思うことはよくあった。
正しさを求めすぎてどんどん人間の首が締まってきている状態に陥り、社会が不活性化していく。それでもモンスターはいなくならなくて、彼らを規制するためにどんどん規制が厳しくなっていき、一般の人たちがどんどん生きづらくなっていく。これは90年代の学校現場がそうだった。規則の網の目を掻い潜る問題教師がのさばる一方で、一般の教員への締め付けがどんどんひどくなっていた。
正しさを振り回す人たちの横行、正しさの行き過ぎが進行しているわけで、この辺りは例えばヒトラーやナチスをどんな角度からでも上げたり公正に見ようとしたらカッカ来る人たちも同じような感じがする。ヒトラーに対する悪罵ばかりの言説しか流通してなければ、「それは本当だろうか」と考えるのは当然のことで、それを探すこと自体が間違っているみたいな言説はおかしい。「こういうところは評価されているがこういうところは良くなかった」という視点がより公平に感じるのは当然のことである。
普通に行動する人間にとって、倫理的に全くリスクのない行動しかしないというのはかなり難しいのだが、それを偏執狂的に求める傾向もまたある。学校で学んだ正義が社会でも適用されるべき、というのは学校で学ぶ正義自体を疑う視点が欠けているところでかなり問題があるだろう。
人間が生きるためにルールがあるのであってルールのために人間が生きているのではないわけで、今日の状況は禁酒法や生類憐れみ、道徳的に良かれと実施して人々を息苦しくさせた悪法の轍を今の日本は再び踏んでいるように見える。今こそ自由の価値を改めて思い返すべきだと感じることが多い。
多くの人たちが「正しくない」と言われることを異様に怖がって萎縮してしまっていて、一方で「「正しいことをしている」運動家」たちが批判者を「正しくない奴ら」と批判してのさばっているという矛盾もある。「よくない運動家を批判すること」は正しいことであるはずだが、マスコミやアカデミアなどをバックにした倫理的な武装がそれを強化しているので、批判することに勇気や覚悟を必要とする、という状況になってしまっている。暇空さんのように振り切った人しかこうしたものを批判できないというのはかなり不健全な状況だと思う。
https://twitter.com/kikumaco/status/1737144879032270938
これも全くその通り。菊池さんが他のツイートで言っているように、「不正が完全になくなる」ことはあり得ない。だから「再発防止策」なんてその場凌ぎをすることで、余計に人々を苦しくする悪循環になっている。消費税を取りっぱぐれないようにするためのインボイスでどれだけ多くの人たちが大変な目に遭ってるかと同じことだろう。
https://twitter.com/goito/status/1737124470039650805
このツイートも共感するのだが、「正義酔いと糾弾依存」、というのはまさに上手いこというなという感じなのだけど、うまいこと言いすぎてもう少しふわっとしたそういう雰囲気なものを表現する言葉もあればいいなと思う。「正義酔い」という精神状態は確かにあるが、ふわっと「それ(主に運動家)に賛成しておけばとりあえず安心という空気感」みたいなものもけっこう強くあり、運動家の方面もその雰囲気に依存している。つまりはこれは「いじめを見て見ぬ振りをする態度」に通じるものがあるわけである。キャンセルカルチャーというものの問題はまさにそこにある。
結局大きく言えば、今の日本には、実際には日本だけでなく西側世界全体にそうだと思うが、正しさにこだわるあまり「中庸の徳」が失われているということだろうと思う。
「正しさを追求しすぎるのは良くない」というのは西部邁さんとか渡部昇一さんとかがよく言っていた気がするのだが、あの頃はあまりよく理解できていなかった。彼ら亡き後、影響力のある人でそういうことをはっきりいう人があまりいなくなってしまったという問題はある。菊池さんや伊藤さんはそういう思想的な主張を主な仕事にしている人たちではないからあまり負担をかけすぎては良くないと思うし、ただ一般の人間もそうした「正しさの罠」への視点を持つことの重要性について、述べていくことが大事なことではないかとは思うのである。
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