中東問題とアメリカの対中国戦略への影響/北朝鮮の「大韓民国」呼び/台湾の生存戦略と移民社会/「楽しむためには強さが必要」

Posted at 23/10/25

10月25日(水)曇り

昨日は疲れが残っていたのとやることが多くてかなり疲れたのだが、そのせいか夜はわりあいちゃんと寝られて、朝は4時過ぎに起きたが割合スッキリしていた。最低気温は5.7度でそれなりに寒いのだが、曇っていて外が明るくなく、季節はだいぶ進んだ感じがする。夜のうちに一度風呂に入ったが朝も入りたい感じではある。

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いろいろツイートを見たり朝のNHKニュースを見たりして思ったのだが、中東情勢がどうなるかということはかなり今後の世界の展開には影響はあるだろうなと思う。ネタニヤフはどちらかというとガザ地区への侵攻には慎重な姿勢になっている感じがあるし、グテーレスは安全保障理事会でハマスの侵攻にも理由がある、と発言してイスラエルを怒らせ、解任を求められたりしていてかなり揉めている。

アメリカがハマスや北部への信仰の動きのあるヒズボラの背後にいるイランに対し、イスラエルやアメリカの右派に動かされて開戦に動くのではないかという観測が中東の専門家から出ているが、まあこれはありえないことではないけれどもイランも大国なのでもし本当にそれが起こったら本格的に第三次世界大戦になってしまうのではないかと思う。イランもそこまでは望んでいないと思うし中東諸国もハマスは支持してもアメリカと明確に対立するところまでは望んでいないと思われるから、流石に大丈夫だとは思うがこういう動きというものには「事物の勢い」というものがあるから偶発的には何かが起こってしまう可能性はゼロではない。

問題なのは、それがアメリカの世界戦略の変更を意味するということで、ウクライナへの支援のことについてもそうなのだが、中国に対するアメリカの強硬姿勢も変化する可能性があるということだ。アメリカにとって中東問題は理屈を超えたところがあり、これ以上問題がこじれるとそこにつぎ込むリソースが激増する可能性があり、そうなるとここのところずっと正面の問題であった中国との対立、特に台湾問題へのリソースが減らされざるをえない可能性がある。そうなるとアメリカは中国と妥協に動くことになり、対中国の正面として協調姿勢が強かった日本や韓国との関係も比重が軽くなる可能性があるという指摘なわけである。

アメリカにとって利益になることは譲らなくても、日本にとっての利益である尖閣問題や東シナ海の問題についてはアメリカは手を出さなくなる可能性もあり、そうなると日本は2階に上がって梯子を外される可能性もあるわけで、その辺りは冷静に動きを見ておかないといけない。

台湾有事が起こったらアメリカは手を出さないわけにはいかないとは思うが、中東とウクライナと台湾の三つの正面のうちどれをより重視するかという問題になるわけで、そこから台湾が外される可能性はゼロではない。そうなった時に日本はどう動くか、というのはかなり大きな問題になるだろう。

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東アジアに関連したニュースであと気になったのは新聞で読んだのだが北朝鮮が最近韓国のことを「南朝鮮」などと呼ばずに「大韓民国」と正式名称で呼んだケースがいくつかあるらしい。これは当然ながら今まで韓国を「統一の対象」と見做し、韓国の政権はアメリカの傀儡に過ぎない、という立場であったのが、「国と国との関係」と捉え直しているのではないかという観測があるわけだ。そうなると金日成以来の政権の方針の大転換ということになるが、まだその例は少なくてその後も「南朝鮮」とか「傀儡政権」と呼ぶ例も多いので、まだはっきりしないらしい。

もし北朝鮮が「南進統一」の政策を捨て、「二国家併存」の方向に舵を切ったとしたら、ある種の安定はもたらされる可能性はあるが、それに対して韓国の側がどう対応するかという問題もある。これはまだはっきりしないことなのでなんともいえないが、気になる動きと言えるだろう。

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NHKのニュースで台湾の「新住民」のことが取り上げられていた。東南アジアなどから台湾に結婚などによって移住した人たちとその2世がすでに100万人を超えているのだという。台湾の人口は2300万人だからすでに4%を超えている。台湾人はもともと原住民(先住民)、客家人、外省人、本省人と四つのルーツがあるといわれていたが、それに新住民も加えるという方向になっているのだという。

これは政権の方向性として、台湾を「移民社会」と捉え、国交のない東南アジアとの交流を深めその経済成長力を取り込むことで存在感を増していこうということであるらしい。すでに小学校でもそうした国々の言葉の教育が取り入れられていて、ベトナムやインドネシアなどの言語による教育(選択制)も始まっているのだという。

これは台湾が進めている生き残り策の一つとしてはなるほどと思うところがあり、日本人は福原愛さんが馴染めなくて帰国したりはしているが、2万人ほど在住している。日本では日本人の単一性が強いので台湾とは事情が違うが、それだけ中国に対する脅威が強いのだろうなとも思うし、中国とは違う台湾独自の文化を作っていこうという姿勢もまた強いのだろうなと思った。

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https://shonenjumpplus.com/episode/14079602755345580881

先日書いた「なんにもない、なんでもない」の感想の続きなのだが、「なんでもない」のに生きていくのが辛い少女に老人が「死」というものを見せることによって「何があっても苦しさは消えない」から「開き直ってやりたいことをやることにした」と思えるようになったという話が「一切皆苦」を理解することからの「行動」へという仏教的なものを下敷きにしているのではないか、みたいなことを書いたわけだが、「やりたいことをやることにした」というのはつまりブッダにとっては「出家して修行し真理を悟ることを目指す」ことだったわけだけど、少女にとってはちゃんと進学してこれからも老人に話を聞きたい、という前向きの行動になるわけで、その意味でやっていることは同じ、ということになるのだなと思った。

これは、「楽しむためには強さが必要」ということでもあるなと思った。なんでも楽しいことだけあれば楽しめるというわけではなく、実際にはこの世は苦しいことだらけなわけで、その中でもやりたいことをやる、楽しむためにはこの世は苦しい、何をやっても苦しいんだ、ということを知った上で、ある意味その覚悟の上で楽しむ必要があるということなわけである。

これは別に難しいことではなくて、何かの目標があればそれに向かう中で困難はたくさんあるわけで、それを乗り越える強さがなければそれは達成できない、ということと違いはない。

これは、シンプルにいえばそういうことだというだけで具体的にその苦しさをどう乗り越えていくか、どう付き合っていくかというのはまた別の問題ではあるのだけど、その大きな構造を知っているだけで見通しが持てて楽になる、ということはあるだろうと思う。

そんなことを考えた。

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