「日本」の価値は何で決まるのか
Posted at 23/09/24 PermaLink» Tweet
9月24日(日)晴れ
今朝はだいぶ涼しくなって、最低気温は13.5度。数日前は22度あったから8度以上下がっている。今(午前9時半現在)の気温も18.3度。過ごしやすいというよりは、シャツ一枚では寒いくらいの感じになっている。
いつもの秋ならこのくらいになると栗拾いや胡桃拾いをしないと、という感じになっていたのが今まではとてもそんな感じではなかったのだが、そろそろ涼しくなるとそういうこともやらないといけないな、という感じになってきた。裏庭にはまだ蔓草がかなり植木に絡んでいるのでそれを外す、みたいなことも、この気候になってきたらやらないといけないなとも思う。やる気になればやれることはたくさんあるのだが、時間と体力と気力をどのように分配するかという問題が、なかなか大変。それらは全て有限な資源だと思わされることが多い。
今まで日陰は気持ちよく、ひなたは死にそうだったのが逆に感じられるようになったが、最近の気候は寒い日がずっと続いたと思ったらしばらく雨ばかり降り、急に暑くなったと思ったらいつまでも暑いのが続く、みたいな「ちょうどいい」がなかなかなくなってしまったから、今日などは晴れているだけマシ、ということなのだろうなと思う。生活にももう少し余裕があるといいのだが。
***
前崎信也「アートがわかると世の中が見えてくる」(IBCパブリッシング、2021)読了。面白かった。この本は松本の丸善で買ったのだが、ここで買った本の中で今までで一番面白かったかもしれない。田舎にいるとなかなか書店で良い本に巡り合うのは難しいのだが、希望が持てるなと思う。
ご本人も書いているけれども、「アートの関係者ならみんな知ってるけど学校では習わないしなぜそうなのか関係者以外にはなかなか知られない」ことがちゃんと書いてあるという感じ。私も今までそれなりに読んできたり美術館に行ったり考えたり調べたりはしてきたからそれなりに知っていることが多かったが、新たに問題意識を持ったこともかなりあった。
第4章お茶の話では、煎茶文化の話。ある程度は知っていたが、知らなかったこと思い出したことなどいくつか。
日本に煎茶を伝えたのは江戸時代初期に明から長崎に来日した僧・隠元だったということ。彼はインゲン豆の名前の元になっているが、煎茶文化を伝えたのも彼で、彼は20人の弟子たちとともに国姓爺・鄭成功の船で来日したという。
日本の茶道で使われる抹茶は平安・鎌倉の頃に伝わった飲み方で、煎茶が伝わったのは江戸時代初期なのだが、今我々が飲んでいる日本茶とは違う製法のものだったようだ。我々が今飲んでいる煎茶の製法は江戸時代中期に永谷宗円という人が始めたもので、それを売り込んだのが山本嘉兵衛という商人だった。永谷は現在お茶漬けで知られる永谷園の創業者の祖先であり、山本は山本山の名で知られるお茶屋だったという。そう聞くと日本における煎茶の歴史の全てがここ250年ほどのことだということがわかり、江戸時代には文人や文人に憧れる人たちによって煎茶が嗜まれたことがよくわかった。
抹茶の茶道が復活したのが明治になってからで、これは中国的な煎茶ではなく中国ではもう滅びた抹茶を扱う茶道こそが日本的な文化であるという考えもあり、益田孝などの経済人・財界人によって復興が図られたという。彼らは明治維新の時に売り払われた大名家の茶道具などを買い集め、秘蔵するとともに彼らに憧れる若手経済人、小林一三や根津嘉一郎らもそれに続き、茶道具の取引価格も鰻登りになったという。
戦前の財界人が茶道を嗜み、茶室空間での腹の探り合いや人物の評価などに活用していたというのはよく知られることだけど、彼らの行動に日本美術の復活のため、という意味合いがあったことは認識していなかった。
しかし終戦とともに金持ちには莫大な財産税と相続税が課せられることになり、美術品を持つ人たちはそれにかかる莫大な相続税対策を考えなければならなくなって財団法人を設立して美術館を作り、そこに寄付するという形で相続税を逃れる方法を考えだした。今ある根津美術館ほか経済人や企業の名を冠した美術館はそういう起源を持つものが多いようだ。
しかし美術品収集がこのような面倒なものになってしまったために、エリート男性は美術品収集や茶道具収集に熱心でなくなり、花嫁修行の名目で茶道を始めた女性たちが中心になると、「どれだけ修行したか」の評価が必要になって所作などが非常に細かく煩くなって、新規に参入しようとするエリート青年たちは煙たがって近づかなくなり、老人たちは死ぬばかりだから茶道のスポンサーがいなくなりつつあるというのはなるほどと思った。
彼らは密談の場を茶室からゴルフ場に変えたわけで、英国紳士のスポーツは彼らにとってもちょうどよかったわけだ。なので茶道具は高騰しなくなったがゴルフ場会員権がめちゃくちゃな値段で取引されるようになったというわけである。それもバブル崩壊までのことであったわけだけど。
金持ちにとって美術品というのは資産の形成にとって有利な面がいくつもある。嵩張らないこと、物故した作家のものであれば価値が暴落する可能性は少ないこと、マーケットがあることなどなのだが、それゆえに世界の金持ちは今でも多くの美術品を収集しているし、特に近年では中国人が莫大な金を美術市場に注ぎ込むようになったのだという。
しかし日本人の金持ちにとって、美術品を収集するメリットは「自分が教養や見識眼があること」を示すことくらいしかない。しかし、日本では美術を見る目を養ったり見るのに必要な知識を身につけるという課程が学校教育で行われていないから、そのメリットを使える人は特に最近のIT成金などにはいない。若い子に金をばら撒くなどのふざけたことをする人はいるが。つまり、日本人が日本美術を買わなくなっているということが起こっているわけである。
そうするとどういうことが起こっているかというと、日本美術が安くて投資価値のないものになっているというわけである。
日本の美術で史上最も高値で取引されたものは奈良美智さんの「Knife behind back」でおよそ25億円だという。伝統的な美術品では、運慶の仏像がサザビーズで取引されたものが最高値で、13億円弱だったという。もちろん個人が買うにはべらぼうな値段ではあるが、15世紀の明代に作られた通称チキンカップと言われる白磁は37億円で取引されているし、ダヴィンチのキリスト像は500億円、ピカソのオークション最高ちは200億円であるから桁が違う。
美術史上で評価が定まっているヨーロッパの作品が高いのはともかく、チキンカップが37億(ほぼ運慶の仏像3つ分)というのはそれだけ中国人が美術品に金を出すということであり、逆に言えば日本人が美術品に、特に日本美術に金を出さないということの表れであるわけだ。
これはどういうことになるかと言えば、ピカソの美術館を新たに作ろうとすれば1000億あっても足りないが、日本美術の美術館を作ろうとすれば市場に出てくる美術品は200億(ピカソ一枚分)あれば全然余裕で買い占められるということになるわけだ。値段が全てではないにしても、実際そのようになっているということは「日本美術は安い≒価値が低い」と見られても仕方がないのが現状だということになるわけだ。それが日本という国、また日本という国の文化の評価にも直結してくることは残念ながらそうなんだろうなと思う。
問題はだから日本における美術教育、特に職業美術家を育てる面よりも美術を理解する力を養う教育の不足にある、という面が一つある。相続税や財産税は日本社会に平等をもたらしたが、美術品、特に「日本の美術品」を維持するのに貢献してきた金持ちたちにそれをできなくするという面もあった、というのはなるほどと思う。美術は基本的に金持ちが買い、金持ちに大切にされてきたものだが、それが日本の価値を示し、日本文化の価値を示すものでもあったということは忘れるべきではないと思う。
逆に言えば大谷翔平選手の活躍などに見られるように、日本はスポーツなどの面で存在を示すようにはなってきている。ノーベル賞の受賞者も多く輩出するように、分野によっては戦前より良くなっている面もあるのだが、どちらにしても先行きがそんなに明るいわけではない。
学問・科学・芸術・スポーツなどの分野はなかなか投資がされにくいところではあるけれども、こうしたことが日本という国の評価に直結するものであるということは意識された方が良いと思う。またこうしたことで挙げられた評価は戦争や経済競争などと違ってニュースとして明るいものであり、国民全体に良い影響を与える。暗い話の多い時代であればこそ、こうしたもので成果を上げて社会を明るくすることにも気を配っていくことは大事なことだと思う。
***
蛇足だが、「チキンカップ」について少し調べてみると、「明成化闘彩鶏缸杯」というもので、明代の皇帝専用の酒杯であり、最高品質でないものは全て破砕されて、現存のものは全部で19個なのだという。中国の金持ちは「皇帝が使った」といういわくのあるものが好きだなと思ったが、ある種の中華帝国幻想というのは現代の中国人にとっておそらく蠱惑的な魅力があるのだろうと思う。
これを落札した劉益謙という人はタクシー運転手から身を起こして不動産・建築・製薬業の巨大グループを作ったというから、今では不動産バブル崩壊の影響を受けているかもしれないが、モディリアニの裸婦像を210億円で落札したこともあるという。また彼はチキンカップの代金をアメックスのブラックカードで支払ったので、ポイントだけで二億円になったというのも小ネタとしては面白い。
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