「国学思想」と保守思想の再構築の可能性:松本久史「近世国学思想から見た共存の諸相」を読んで
Posted at 23/03/05 PermaLink» Tweet
3月5日(日)薄曇り
今朝は薄曇り。最低気温もマイナス1.4度ほどでそんなに冷え込んではいない。とはいえ、ストーブをつける必要はある程度の寒さなのだが。春と冬とが勢力を争っている感じだが、昔の人はこれを三寒四温と呼んだ。
ただ、本来の意味は三日寒くて次の四日は温かい、7日周期くらいで気候が変動していく春先の気候を表していたようなのだけど、最近はもっと猫の目で気候が変わる感じがする。それも体感だからよくはわからないが、ただ気がついたらストーブをつけてなかった、というような日がだんだんは出てきている感じではある。
今日は近隣の行事があり、その準備があるのでそんなに長くは書けないのだが、昨日も午前中はその準備をしたりしていた。Twitterで見た本で気になってマケプレで取り寄せた本が届いていたので読みたいところを読んだ。「共存学 文化・社会の多様性」(國學院大学研究開発推進センター編、2012)に所収の松本久史「近世国学思想から見た共存の諸相」。
この論文は面白かったし、勉強になった。どういうところが面白かったかといえば、つまり国学者というのは日本の古典を研究するインテリなわけだけれども、そういうインテリが「日本はいい国である」という認識を持ち、それを主張し始めたのがこの江戸時代中期の国学思想だったということだ。
戦後、そうした日本の古くからの考え方が全て否定された時期においては、国学思想はどちらかといえば右翼的な、ナショナリズムを煽る思想であって、そのせいで日本は右翼化したので葬り去るべき思想である、みたいに認識されていた時期がおそらくあったし、今でもそういう考えの学者もいると思うが、それは違うのではないか、ということを著者をはじめ、最近読んだ本では主張されているケースが多いように思う。
細かく重要なところはいくつもあるので時間のある時にもっと検討したいのだが、たとえば漢意を否定して大和心=国意を優位とするのが賀茂真淵の主張であるけれども、簡単にいえば彼以前にはっきりと儒教や仏教を否定し、日本の優位性を主張した人はおらず、そこに画期性があるというわけである。
「源氏物語」の「少女」に出てくる漢意に対する大和魂は、「制度」としての儒教や律令制度を運用していく心構えとしての「やまとだましい」みたいな感じで、光源氏は運用力があればいいというような主張が強かった平安朝廷に対して、息子の夕霧に学問=漢学を学ばせる話になっている。この時点では紫式部は漢意も大和魂も車の両輪である、というような認識だっただろう。
仏教の導入の認識などにおいても「本地垂迹」、つまり「本地」はインドであり、また儒教も元々は中国のものであり、日本の神々や国の制度はそれが「垂迹」してやってきたもの、という考え方だったわけだ。
江戸時代になると儒教においても孔子の教えが一番実現しているのは中国ではなく日本である、という主張が現れてくるわけだけど、そのような「日本を評価する思想」が花開くのが江戸時代であり、それは「徳川将軍家による治世」への評価でもある、というのはその通りだと思う。
これはちょっと自信はないけれども、そのような転換が日本で起こったということの源流は本地衰弱に対して神本仏迹を唱えた吉田神道にあるように思うけれども、この時点においても神道の彼の教理体系には仏教や儒教は取り入れられていて、理論武装的には使われていたけれども、国学思想の新しさはそれらを排除して、日本独自のもので論理を組み立てていこうとしたことだということなのだろう。
「中国やインドなどの先進地域から新しい文化を輸入する二流国家」という位置付けから、「日本思想は実は普遍性を持っていて優れた国なのだ」という形で日本に対する認識が変化したのが国学思想だ、というのはそうだと思うし、先日から読んでいる「頼山陽の思想」でも、頼山陽は儒学を超えるものとして自らの政治思想を説くようになっていることが明らかにされているし、それらが皆「徳川将軍家の統治」を肯定しているというところは、元々これらが決して江戸幕府を打倒しようという革命思想ではなかったということなのだろう。
江戸末期に起こる様々な新興宗教にしても、本来の理想世界がある外国にある、みたいな考え方は出てきていないように思う。西方浄土を夢見た浄土教とはやはりかなり認識が違ってきている。
また先日物故された渡辺京二さんの「逝きし世の面影」も、要は江戸時代のある意味満ち足りた人々の面影を追うものであって、左翼的貧農史観から見た江戸時代像に疑問を呈するものだった。「江戸時代は理想社会!江戸しぐさ!」みたいな言説はもちろん本質を見誤るし、「日本すごい!」にしがみつくのも自信のなさの表れみたいなところはあるが、他国との交渉はなくても日本は十分幸福な社会を実現していける、というそういう思想だったという指摘は納得できるし、これは例えば中国清朝の貿易を要求する西欧人に対する中国はそれを必要としない、という返答と共通するものがある。日本・中国・朝鮮はそれぞれ「鎖国という名の関係」を保っていた、という話を読んだことがあるが、それが現代的意味での「共存」と言えるかどうかは別として、外からの介入を必要としない社会であった、という図式は描けると思う。
例えばこれは知里幸恵の「アイヌ神謡集」の冒頭、「その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう。」というのはまさにその思想が反映したものだと思われるし、これはある意味元々は日本人の自画像でもあったように思う。
「まこと」や「清き明き心」を重視する日本神道も、それは賢しらな漢心を排除したところに普遍がある、というある種の普遍主義の追求であって決して日本の特殊性の主張とは違う、というのもその通りだと思う。
日本の保守の原風景というものを考えたときに、やはりこの江戸時代の日本の思想や社会の達成というものは重要なのではないかと思う。保守というと明治期以降の富国強兵的なリアリズムこそが保守だ、という主張が強いわけだけど、やはりそれだけでは底が浅い。呉智英さんが「明治維新から疑え!」ということを書いていたが、肯定も否定も含めて、つまりそこを止揚することを前提にしながら、保守思想の再構築ということはやれていくのではないかという希望を持った。
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