「理想の君主」論の功罪/日本の保守は分厚い貴族層も強い信仰者層も白人至上主義者も持っていないということ
Posted at 23/02/12 PermaLink» Tweet
2月12日(日)晴れ
今週はいろいろ疲れた。本を読み続けるパワーが不足していた感じなのだけど、昨日は久しぶりに「頼山陽の思想」を読んだ。第2章第4節「君主の正統」のところ。「決断の君主」であることが重要であり、山陽の政治学は「君主論」であり、それは日本においては山陽において確立された、という指摘はなるほどと思う。
これはある意味のマキァヴェリズムであるとすると、今読んでいる「貴族とは何か ノブレス・オブリージュの光と影」とはかなり主張が違う。というか、イギリスをはじめとするヨーロッパの政治には「貴族」という分厚い集団があってその中での貴族個人のあり方には倫理性が必要でありそれを保持できたイギリス貴族が生き残れた、というのが趣旨だと思うのだが、山陽は貴族政体に関心があるわけではなく、君主の統治に関心があるので、目指すところがもともと違うという話になる。
ただ「保守主義」ということを考えた時、イギリスの保守主義はこの「貴族制」を背景にして成立しているものだということも一つ重要だと思うし、アメリカの保守主義がイギリスとは全く違う様相を示しているのも貴族という存在の有無だというのは大きいだろうと思う。
日本において古くから天皇の位について「一天万乗の君主」であるとか「万世一系の天皇」であるとかその天皇の地位の大きさや神聖さについて言挙げして来たのは、逆に言えば常に天皇を御神輿に祭り上げ、実際に代わりに統治する者があったからで、それらは藤原摂関家、源氏・北条氏・足利氏・徳川氏と「幕府」が「朝廷」に代わって政治をする仕組みでやって来たからであり、頼山陽自身も実際「君主」とは朝廷の天皇ではなく幕府の将軍のことを考えて書いているのは事実だろう。
非常時においては「決断の君主」の役割は大きいが、平常時において国を安定させるための仕組みについても頼山陽は基本的には「天下の勢いを制するために君主は権を握り続けることが重要だ」と考えているようだけど、これは世襲制度であれば歴代に英明な君主が続くとは限らないという問題がある。ただこれは幕末混乱期において英明な君主待望論として一橋派の一橋慶喜待望論につながったわけで、実際の政治を動かしてはいるのだが、倒幕派の方は孝明天皇のことを必ずしも英明第一の君主と考えていたとは考えにくい感じもあり、ただ逆に満14歳で即位した明治天皇の時には「いかに英明の君主に育てるか」に周囲も腐心しているのはその流れを引いているということだろうなと思う。
英明な君主を続けるために養子にその地位を譲るという考え方はローマ帝国の五賢帝時代にはあったが、その方式は万世一系の天皇には当てはめられないし、もし一橋慶喜が安定した政権を築けたとしても統治権を自分の子供以外に譲っただろうかというのもなかなか想像しにくい。
「万世一系」と「英明な決断の君主」との兼ね合いというものが、それを達成した明治天皇を「大帝」と呼ぶことにつながり、それが達成できなかったと考えられた大正天皇についてのさまざまな風聞にもつながったのだと思うし、また軍部からの期待と失望がイギリス形の立憲君主を目指した昭和天皇に対する軍の一部からの軽視につながったと考えると、「理想の君主」論もまた功罪あるなとは思う。
戦前の政府においては一方でイギリス型の貴族層の育成を目指したという面があり、一方では「天皇の下の平等」という思想が軍や民間にはあったわけで、戦前の日本が国家として目指す方向がある意味バラバラだったということはあると思う。そのバラバラさが結果的に昭和前期の混乱と国際秩序への挑戦という形となって現れて破綻したということは言えると思うのだが、「貴族とは何か」の第4章は日本の貴族制度についてなので、その辺のところはしっかり読んでからまた考えたいと思う。
まあ倫理のないエリート的特権層という存在は最悪なので、国を動かしていくためにエリートが必要なのだとしたら、その層には相応の倫理が求められるのは当然だろうと思う。それと共にそうした倫理によって実際を見る目が曇るとしたらそれもまた問題なので、頼山陽の思想というのはその「実際を見る目」の上で重要なのだろうと思う。
現代日本の保守主義のあるべき方向性というのを考えてみると、イギリスのような貴族層があるわけでもなく、アメリカのように強い宗教的保守性や白人至上主義があるわけでもない。というか日本は近代以来、貴族層の創設や神道を元にした宗教的保守主義、日本を中心とした世界構想である大東亜共栄圏の構築などに失敗して来ていて、「保守としての目標」みたいなものが「経済的発展による革命の防止」とか「美しい国日本」みたいな情緒的な方向に絞られて来てしまっている感じはある。
一時期のネトウヨブームみたいなものも日本人至上主義や排外主義的な保守右翼ムーブが一時的な関心や指示を読んだことから出て来たわけだが、冷静になって考えてみればそれが未来につながるところはそんなに大きくはないわけで、もっと地に足のついた保守主義が必要なんだろうと思う。
「理念的な保守」の方向性の失敗が「貴族的教養主義」に対する不信にもつながり、マルクス主義的左翼の変形の弱者保護思想のような問題のある方向を許してしまっている。自民党が強いのは理念の強さではなく、いわば「生活保守主義」の体感レベルでの問題になっていて、その分厚さが日本の保守傾向を支えているとともに理念的武器のなさが弱者保護という美名による左翼思想の浸透を防げないことにもつながっている。
暇空茜さんのコラボ告発に関しても、「自分の好きな作品を守りたい」といういわば生活に根ざした保守バネの働きと考えられるわけで、表現の自由という理念の問題というよりは、「愛するものを守る」「愛する者を殺そうとするものは許さない」という決意の強さが大きな力になっているのだと思う。
「安倍晋三回顧録」を読んでいても、安全保障やざまざまのことに関して安倍さんは傑出した政治家だなとは思うが、ロシアにはしてやられているところはあるし、また財務省の増税路線を防げてはいないところもあり、また村木厚子さんの厚労事務次官起用など、現代に禍根を残したと考えられることも多くやっているわけで、その政策に100点をつけられるわけではない。
安倍政権時代を通じて日本は良くなったのかに関しても、安倍さんとは系統の違う岸田さんが総理大臣になり、安倍さんが暗殺された今になってみると、安倍さんのオーラで良いように見えていた部分にもかなり綻びが出ていたこともわかるわけで、まだ評価を定めることは難しいのだろうと思う。
私などはコツコツ「何がどうなっているのか」「何がどうなっていたのか」「何をどうするのが良いのか」「そのためには何が必要なのか」などを生活したり本を読んだり仕事をしたりしながら考えていくしかないのでまあ今後とも少しでも考えを前に進めていきたいと思う。
まだまだ学んで時にこれを習い、思いながら学んでいかなければならないなと思う。
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