美しく生きたいという感じ

Posted at 22/08/09

8月9日(火)晴れ

立秋もすぎ、外の景色もだいぶ変わってきた感じがある。もともと諏訪はカラッとした天候なのだけど、なんとなく湿気が増してきた感じがする。私はここのところ朝4時過ぎには目が覚めるのだが、今朝は3時に起きてしまい、布団の中で過ごしてから起きるかと思って起きたらまだ暗いのに時計は5時前を指していて、すでに日は短くなってきているのだなと思った。

ゴミを捨てるついでにここ数日で刈った草を草木用の袋に詰めて二袋出した。草を袋に入れるときには少し丸めて入れると入れやすいということに気がつく。今更だが、以前は積んで置いて堆肥にするか燃やすかしていたので、そういう要領が身に付いていなかったなと思う。どんなことにもコツというものはあるなと思う。

「やりたいことは何か」というのを考えていると分からなくなる、というか現実に「どういうことに対してならやる気になるか」みたいなことを考えると、「お金になること」とか「面白いこと」とか「興奮すること」みたいになってしまってそれでは確かに動物としての自分ならそうだろうけど、自分の価値観というかそういうものがそれだけではあまりにどうしようもないわけで、なんというか考えているうちに落ち込んできたのだが、ただそこまで突き詰めてみたこともなかったなと思っていて、でも結局お金になることならなんでもやるかといえばやらないわけだし、効率を良くすること、それを追求することは嫌いではないが、しかしその結果効率が良くなってもそんなに嬉しくないというか、なんとなく虚しさを感じることさえあって、やはりそういうものだけではないんだなと思う。

で、この辺りのことは寝床の中で考えていて、そういうことでもどういうことならやる気になり、どういうことはやる気にならないのかと思っていたら、自分は「美しい」のが好きなんだ、と思った。

美しいことをやりたい、というかどんなことでも美しくやれれば納得できる、逆に美しくなくはやりたくないし美しくないことはやりたくない。ただこれはトイレ掃除は嫌だとかそういうことではなくて、シンプルに美しさを追求したいという気持ちがあるのだなと思った。

この辺に関してはまだうまく書けないというか、このことを自分の頭の中から手書きでノートにまとめるのにもなんだかすごい抵抗があり、漸く書いたものをデジタルに打ち込んでいるのだけど、せっかくなので時間がかかるとは思うが形にしたいと思っている。

疲れやらなんやらでヘドロの中に首まで浸かっている感があり、自分の中のヘドロを減らしてなるべく動きやすくしていかないといけないと思うが、まあその辺は徐々にということになるのだろうと思う。

美しく生きるとはどういうことか、と考えることよりも、美しく生きるそのことを多分自分はやっていきたいと思っているのだろうと思う。それは生きた後で考えればいいことなのかもしれない。

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by Luke Peterson

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