ゼレンスキーという人物:ネトフリックス「国民の僕」と「歴史を生きる大統領」

Posted at 22/06/05

6月5日(日)曇り

昨夜は9時ごろ寝て朝は3時半頃目が覚めたのだが、車でその辺を回ってコーヒーを買って帰ってきたのだけど、最近話題になっていた西原理恵子さんと娘の鴨志田ひよさんの話をめぐって生島まりかさんや吉本ばななさんまで登場してきたツイートをつい読み込んでしまい、朝の貴重な時間をそういうものに費やしたために1日のルーチンがすっかり違ってしまった。

ご飯を食べてから入浴してそう言えば頭を洗ってなかったと思ってもう一度入り直したら風呂の蓋を取った勢いで一枚タイルが剥がれてしまった。頭は洗ったしそのあとワンピースのアニメも見たのだが、なんとなく気持ちが落ちてきて少し寝た。昼食前にブログを書くつもりだったのだが12時近くになったので先に昼ごはんを食べてからと思って食べたらやはりなんとなく気持ちが塞ぐ感じがしてきた。それでこのところあまりよく眠れなかったのは軽い躁状態だったのではないかと思ったのだが、気持ちが塞いできたら肩や腕の力が抜けるので今夜は少しはちゃんと眠れるかもしれないなどと思ったのだった。

ウクライナのゼレンスキー大統領がコメディアン時代に出演した映画「国民の僕」は彼自身が大統領の役を演じているのだけど、それについて書いた文章を二つ読んでいて、ゼレンスキーという人物は色々侮れない人だなと思ったのだった。


これはウクルインフォルムの日本語版編集者である平野高志さんがゼレンスキーが大統領になった経緯について書いているのだけど、元々は前大統領のポロシェンコと対立していたウクライナのオリガルヒ、コロモイスキーの援助で出てきた人だと言われていて、人気者だったゼレンスキーを政治の表舞台に出したことと、彼自身の経営するテレビ局で「国民の僕」を制作し放送したことは無関係でないと思われる。

このコロモイスキーという人はウクライナの宿痾とも言える汚職などのの疑惑を持たれている人でもあり、アメリカ政府から入国禁止の処分を受けている。ゼレンスキーも当初は彼の影響力を切れなかったようだが、最近では彼を切ってでも西側に評価される方向の政治運営に方向転換してきていたようだ。


そして彼の出演した「国民の僕」で彼は高校教師がひょんなことから大統領になってしまったストーリーを演じているのだけど、その中でリンカーンが彼の前に現れ、「エリートたちの家やリムジンのため、ウクライナの国民は奴隷のように働いてはいないか」と問いかけたことによって、大統領就任演説で「人間として恥じない行動を子どもたちに、親たちに、あなた方に、ウクライナの皆さんに約束する」と述べているのだという。


こちらの文章はネトフリックスでも見られるようになった「国民の僕」のあらすじについて説明してくれているのだが、リンカーン以外にもルイ14世が身内の裏切りを告げたり、チェ・ゲバラが汚職改革に葉っぱをかけたりしてくるのだそうだ。私はネトフリは契約していないので見られるわけではないが、見られる方は是非見てみると面白いだろうと思う。

この文章を読んで思ったのは、ゼレンスキーという人は自分が歴史の中に生きている、自分のやったこともまたそのまま歴史として残る、ということを強く意識して行動し、発言している人物なのではないかということだ。

彼の各国の歴史や文化、文学に対する深く幅広い教養と理解については、各国でオンラインで行われた演説ですでによく理解されているところだろうと思う。最近の教養不足の指導者が各国で、特に日本で目立つ中で、彼のような人文系の深い教養に裏付けされた演説を行えるのを見ていると、日本の人文系学会の体たらくを恥ずかしく思うと共に、羨ましくも思える。プーチンもまた、独自の歴史観を披瀝してウクライナがロシアの一部であることを強弁しようとしているけれども、ロシア世界に閉じたプーチンの教養に対し、シェークスピアやチャーチルはもちろん、各国の歴史や実情に深く踏み込むような演説を行えるゼレンスキーの教養は、圧倒的な支持を得ていると言えるだろう。

「国民の僕」はフィクションだが、ゼレンスキー自身は実際の政界の動きを読み、必要な改革や戦争準備を行うだけでなく、常に歴史からヒントを求め、また歴史によってどう評価されるかについて、意識的であるように思う。塩野七生さんの「我が友マキアヴェッリ」を読んだ時、マキアヴェッリはフィレンツェの小吏出会ったが、日中の仕事を終えて家に帰ると服装を改めてローマ時代の書籍を読み、その時代の英雄や哲人と会話を交わすのを何よりも喜びとしたと読んだ覚えがあるが、ゼレンスキーもまたそういうタイプの人なのではないかと思った。

わが友マキアヴェッリ 1 (新潮文庫)
七生, 塩野
新潮社
2010-04-24

 

マキアヴェッリのそうした営みは彼の著作に反映され構成に影響を残したわけだが、ゼレンスキーがもしそうした対話を行なっているのなら、ウクライナの運命を歴史の知恵によって良い方に変えようとしているわけで、歴史や文化の力というものが直接的に一国の運命を左右していることになる。そういう意味でも、ウクライナにはなんとしてでも勝利を収めてもらいたいものだと思えてくる。

「愚者は敬虔に学び賢者は歴史に学ぶ」とはビスマルクの言葉だそうだが(正確には「愚者は自分の経験に学ぶと言う、私はむしろ他人の経験に学ぶのを好む。」という内容だそうだが)、日本の政治家が自分の浅い経験やアメリカ仕込みの浅薄な知恵を振り回しているのを見ていると、ゼレンスキーの強さが何に由来するのか、改めて感じられるなと思った。






月別アーカイブ

Powered by Movable Type

Template by MTテンプレートDB

Supported by Movable Type入門

Title background photography
by Luke Peterson

スポンサードリンク













ブログパーツ
total
since 13/04/2009
today
yesterday