人の見た目と内面と社会

Posted at 22/06/01

6月1日(水)晴れ

一昨日の月曜日が旧暦の5月1日だったので今日は旧暦では5月3日。五月雨の五月だから昨日一昨日はそういう空だったが、今朝は空が明るい。

昨日はなんの気無しにアフタヌーンの最新号の読んでないところをパラパラとみていたら「ブスなんて言わないで」という作品が載っていて、ルッキズムについて書いた作品みたいだったからちょっと読んでみたのだけど、読んでもいいかなと思ったのでツタヤに行って買ったのだが、帰ってきて読んでみると正面からルッキズムの公式的理解に則って書いてる感じのところはしたが、それぞれのエピソードはいろいろと印象に残るものはあった。


 

主人公の知子は自分がブスだという自覚があり、顔を隠して生きていて、それでも「ルッキズム」という概念に触れて自分の容姿に前向きに向き合って生きていこうとしていたのだが、それについて自分が影響を受けた記事を書いたのが高校時代に自分をいじめた美人その人だったことに気づき、絶望する。まあこういうことはありそうな話で、フェミニストで知られる人が高校時代にいじめをやっていてその被害者が告発したことも読んだことがある。知子はその美人、梨花を殺そうと決意して会いに行くが、結局なぜか梨花の会社に雇われることになる。

アフタヌーンで公開されている2話まで、これはコミックデイズの&sofaという掲載媒体のサイトでもここまで公開されている。

実際には梨花も美人に見られることで誤解されやすくストーカー被害に遭うなど逆方向の被害を受けていたのだけれども、この辺のところはアフタヌーン連載の「スキップとローファー」の結月が経験しているところ基本的には同じなのだけど、少年マンガのふわっとした感じではなく直接的できつい感じの描かれ方になっているのでいろいろ考えざるを得ないところがある。

いわゆる「ルッキズム」は恋愛がらみでひっかかってくる部分と日常的な部分があるわけだけど、ルッキズムそのものではないけどいろいろ考えているうちに自分の過去の恋愛の恥ずかしい失敗みたいなものを寝起きの布団の中でいろいろ思い出し、思わず苦笑してしまう感じがあった。

ルッキズムが女性の問題に留まらないということを言うためにイケメンだけど背が低いキャラも出てきてその悔しい気持ちみたいなのが描かれていて、調べて分かったのだけどこの作者は「美人が婚活してみたら」を書いていて、これは私も1巻は持っているのだが、女性の感じるルッキズムについては書かれていたのだけど、男の方のそう言う気持ちをどのように書くのかなという関心はちょっとあった。弱者男性問題までいくか、まあそこまではいかないかなとは思ったり。

この辺りの問題は突っ込んでいくといろいろあるのだが、印象に残ったのが「容姿いじり」で人気を得てそれなりの立場を得ていた芸人が、昨今の「容姿いじりはよくない」の風潮の中で人気も仕事も失ってしまったと言う話で、容姿いじりは表立っては消えても逆に「自分が過去に受けていたいじめのように」陰湿で陰険で狡猾な笑いとして残っている、と言う指摘はまあそうだよなあと思った。

見た目による人間の評価とそれによる差別を無くそう、と言うのが「ルッキズム」と言う概念を用いる主張の大義なわけだが、それが本当になくなるかといえばどうかなと思う。上に書いたように陰湿化して狡猾になるだけで、結局は無くならないだろう。アメリカで黒人差別は良くないと言っているリベラル白人が、「あの街区は危険だから近寄らない方がいいよ」と黒人居住地のことを言ったりする、つまり差別が地理的な表現を借りて潜伏していると言うのと同じように、表立っては言わなくなっても見えない形で残るのが実質だろうなと思う。

だから社会を変えよう、社会を形成する人々の意識を変えよう、と言うのがリベラルの側の考え方なわけだけど、私は保守側の考え方なので、人間はそう言うものと受け止めた上でそれらが共存できる考え方を追求した方がいいと思っている。

お笑いの例もそうだが、伝統芸能の落語や歌舞伎でもリベラルのコードでは引っかかってくるものはいくらでもあり、リベラルのラディカルな側ならそんなものは滅びてしまえと思うかもしれないが、人間性のある種の本質に触れないようにすれば差別がなくなると言うものでもないし、その現実を見ないようにする不健康さと言うものもある。

だからまあ、多種多様な人間が生きている社会で、保守の側は「礼節」と言う思想を作ったわけで、どんな相手に対しても敬意を持って接すると言うのが人間としてのあり方だと思うし、人は物事を評価することによって生き方を決めて行っている以上、視覚的印象という重要な要素を無視することなく、それでも敬意を持って接することが大事なんだと思う。

そう言う点でこの作者の方とは意見の違いはあるけれども、「ルッキズム」と言う問題の上でどう言うことで具体的に人々が傷ついているかと言うのは知る意味はあるなとは思ったし、そうでない人に想像しにくくまた同情もされにくい「美人が経験しがちなこと」を取り上げているのは、特に「恋愛がらみ」の部分で意味があるなと思った。

美人が「お高く止まっている」ように見えるのは自分が関心を持てない人に無闇に近づいてほしくないと思うからだろうし、逆に「気さくな美人」には雲霞のようにたかってきてうざいと言うことは当然あるだろうと思う。ちやほやされるのが好きな人ならまだいいが、当然ながら危険は伴うし、また普通なら言われると嬉しい「好きだ」みたいな言葉でもなんとも思ってない人にうんざりするくらい言われたら嫌だろうし、なんと言うか「自分の相手に対する評価と相手の自分に対する評価のギャップ・不釣り合い」みたいなことに苦しむことは普通よりも多いだろうなと思う。

また恋愛感情というものは人をおかしくするものだから、作品にあるように立場のある社長さんがストーカー行為みたいなことをしてしまったり、みたいなこともあるだろう。

この話に出てくる梨花のように「美人だから人が寄ってくる・誤解される」のを「馬鹿らしい」と思うタイプというのはあまり想像していなかったけど確かにいるなと読んでから思ったし、実際に自分が知っている人を思い浮かべて「ああ、多分こんなふうに思っていたんだな」と今になってわかる、というところもあったので勉強になった。

私だったらそういう「恵まれた容姿」をしていたらそれを生かしたい、上手く使いたいと思うだろうけど、まあそういう人ばかりではない、「普通の方が良かった、邪魔なだけだ」と考えて黒ギャル化するという極端に走るという現象もあるのかなと思った。

一人一人が経験していることは一人一人違う、だから何に喜び何に傷つくかも一人一人違うと言うのは当たり前と言ってしまえば当たり前なのだけど、自分が生きてきた中で出会ってきた多くの女性や男性についても、本当に見事なくらい一人一人違うなと思う。あの人にこう言って傷つけてしまったから別の人と付き合っていて言いたくても言わないようにしていたら、その人はそう言って欲しかったのに言われなくて寂しかったとか、まあそんなことはたくさんある。

だから逆に、「ルッキズム」とひとことで決めつけることで人の生きている無限のバリエーションを台無しにしてしまう恐れもある、と言うことをこの言葉を使うときには、というかこう言う攻撃的な概念語を使うときには気をつけなければいけないと思う。

ルッキズムという言葉は社会を批判し告発する言葉であると同時に、人の意識を批判する言葉でもあるから、自分自身が実際には見た目に囚われていることに気づいたときに自分に突き刺さってくる言葉でもあり、自分自身がこの言葉に振り回されてしまうこともあるわけで、その辺は主人公の知子が一番振り回されているのが描写されている。またそれが特定の個人に向いたら人を突き刺す刃になるわけで、昔の感覚で軽い気持ちでいじったら徹底的に糾弾されて酷い目にあった、みたいなことも起こったりする。

一方でそうしたルッキズムに対する警戒と防御によって自分の生きたいように生きられなくなっている人が多いのもまた事実だなと昔の知人たちの顔を一人一人思い浮かべると思うので、「自分に変われ(社会に順応しろ)と言うのでなく、社会の方が変われ!」と叫びたくなるのもわからなくはない。(ルッキズムの問題ではないが、私もその方向で強く思ったこともある)しかしそうやって実際に建前的にはポリティカリーにコレクトな方向に社会は変化しつつあり、特に教育現場や建前が優先する場ではどんどんやりにくくなり、いじめや差別は陰湿化していく。そして差別をなくせと叫ぶ側の差別性がより鮮明になってきたりして、混沌としてきたりしている。

このような状況が進歩なのかどうかというのは私としては疑問なので、自分としては、差別意識をなくせと言うネガティブな人格改造的な再教育キャンプ的な方向よりは、徳を積むことで人の痛みも理解できる人間になれと言う方がポジティブだと思う。それが保守側の意識だと思うが、それも行きすぎると素手で便所を磨け的な方向にいきかねないわけで、まあバランスが大事である。中庸を重視するのも保守の思想の柱ではある。

この辺りのところで社会を分断するのが思想というものなので、そういう危険を踏まえた上で語りたいと思うが、それにしてもまあ、人の見た目と内面の関係は一筋縄ではいかないなと改めて思う。

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