「ハロー、ユーラシア」:認識論、世界観における「帝国」と「周縁」
Posted at 21/12/31 PermaLink» Tweet
12月31日(金)雪のち曇り
このところ毎日少しずつ雪が降っているのだが、昨夜は割合長い時間降っていた。でも気温が高いのであまり積もっていなくて、雪はかくほどではなく掃くくらいで済んでいるのでありがたい。
***
「ハロー、ユーラシア」第6章「ユーラシアン・モダニティ - 近代化の二つの波」読んでいる。台湾や香港におけるポストコロニアリズムからの問いが、日本においては主流にならなかったというのを読んでいたのだが、台湾や香港のような「植民地」は「独自の理論的根拠=エピステーメーを持てない」という指摘は、割と日本人の自分にとっても痛い、というか切実な指摘であるように思った。
日本の日本らしさというものについて、日本は理論化という点において成功してはいないように思う。「粋の構造」とか「縮み志向」という形での理論化はなくはないけれども、文明としての日本を語るに足る理論は出来ていないし、そうした文明としての思想史も一貫した流れとして出来ておらず、中国から輸入した仏教や儒教のシステムとそれを補う形での「やまとだましい」のようなものは語られていても、世界に発信できる哲学や思想の理論というところまではいっておらず、「特殊日本的」なレベルに留まっているところが大きい。
帝国が理論をつくりだし植民地はそれを作る機会を与えられずただ受容するだけになる、ということをアルゼンチンのミニョーロは「認識論的レイシズム」とよびポルトガルのサントスが「認識論のジェノサイド」と呼んでいるというのは、日本においても本質的な切実な問題の指摘のように思えた。
今思い出したのだが、その辺りは小林よしのり「台湾論」や司馬遼太郎さんとの対談において李登輝元総統が「台湾の悲劇」と呼んだ問題と同じだなと思った。
しかし日本ではそれは切実な問題とはとらえられておらず、むしろ「何でも受け入れて消化するところが日本的でいい」みたいなのんびりした次元でとらえられている傾向があり、それでいいのかということは思わざるを得ない。フクヤマの「歴史の終わり」のような「リベラル・デモクラシーの勝利で思想闘争は終了」みたいな「楽観論」の時代は急速に終わり、いまや米中を初めとする諸「帝国」による自己正当化の理論闘争の時代、に入ったように思われるし、フェミニズムを初めとする偏狭なアイデンティティポリティクスが急速に力を持ち始めている日本の現状を見ると、アメリカ帝国による思想侵略の手先になっている人々がアカデミアを初めとしていかに多いのかということに暗澹たる気持ちになるところがある。
中国はそうではないことはこの「ハロー、ユーラシア」において縷々語られてきたわけだけれども、「中国の辺境」であり「西欧への出先」でもある台湾や香港において、むしろ「中国でも西欧でもないわれわれ」という「本土化」の意識が出てきていることはその二大思想帝国のはざまで生き残りを図る彼らの切実さが現れているのだろうと思う。
私などはこの意味での危機意識はかなり強いのだが、全般に日本人はそこが弱くてなんだかまずいのではないかと思うのだが、日本でもこの辺の意識が共有されて行くことが必要であるように思われた。
と、ここまで書いてみて、あるいは、日本のような「なんでも受け入れて包み込み日本化する」という文化パターンが、ある種人類の文明としての普遍性を持っているのか、つまり思想においてオリジナルなものを発信する力が強い文明と受容し変形し利用する力が強い文明が「帝国」的な文明以外にもあり、日本はその代表、みたいな考え方もなくはない気もしなくはないのだが、それで今後も生き残れるのか、という問題と考えた方がいいのかもしれないとも思う。
日本人は独立性が強いというか、他人の考えも表面的には受け入れても「同じ日本人」というレベルで行動するのが苦手なところもあるのでその辺りに何か考えるヒントがあるのかもしれない。
後半は「近代化」の意味についての問い直しというか、主に福嶋さんは「西力東漸」の意味で「近代化の波」と言っているのだが、それは15-16世紀の大航海時代に伴うスペイン・ポルトガルの進出と、17世紀以降のオランダの覇権からの流れの二つがあるのに後者のみをポスコロ的な意味での「近代化」と言っていることに異議を唱えていて、サイードの「オリエンタリズム」は後者のみをとらえているから不十分であり、キリスト教ヨーロッパの「アメリカ征服=同化」こそが第一の「近代化」であり、そこには「オクシデンタリズム」とでも呼ぶべき異世界のとらえ方があるとしている。それはアルゼンチンの思想家ミニョーロを紹介することによって主張しているわけで、それ自体はもちろん理解できるし確かにその視点が「オリエンタリズム」には欠けているとは思った。
また、グロティウスの国際法、無主地先取権などについてもオランダの台湾占領の正当化するための理論であったという指摘はなるほどと思った。
読んでいて思ったのは、私の中では「近代化」というのは主に「テイクオフ」、つまり工業化・産業化であるという感じが強いので、そうした西欧による文化的な相克・屈服・支配をもって「近代化」とすることは一面的であると思うのだけど、まあ言わんとすることは分からなくはない。この辺は彼が文学や思想の研究者であり、私が歴史学を学んだ者という違いからくるのだろうと思う。
「近代は必ずしも堅牢なシステムではない」という指摘も啓蒙主義時代の強い理性信仰の時代に起こったリスボン大地震で人々が理性を失った行動をして啓蒙主義者がショックを受けていた記録があるので、そう驚くようなことでもない、というか「堅牢なシステム=終わりなき日常」が何度も破壊された現代においては割合認識されていることではないかと思った。
だから後半は西欧という帝国によってアジアが周縁化されていく過程(=彼のいう「近代」)が数世紀にわたって続いたということ以上のことは言ってないように思うのだが、最後に来ていきなり「近代」の意味内容が「管理の牢獄である近代」に横滑りしているのは少し唐突な印象を受けた。この辺、最後まで読めば作者の意図が分かるのかもしれないが、ちょっと不自然な接続ではないかと感じた。
あとはどうにも日本をくさすような表現があってそこが鼻についた。特にそういう言い方をする必要が無いと私には思われるところでそういう表現が出て来ると、ちょっと残念に感じた。ただそちらの方が残念ながら日本のアカデミアでは主流であることは分かっているので、ここもまた現状を憂えることにつながるなとは思った。
書いたものを改めて読み直してみると色々思うところはあるのだが、読書メモ程度に残しておきたい。
***
本年は読んでいただきありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
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