「ハロー、ユーラシア」:「中国民族」の幻想から「中国天朝主義」へ
Posted at 21/12/28 PermaLink» Tweet
12月28日(火)晴れ。星が綺麗。
昨日は午前中にいろいろ用事を済ませて午後はゆっくりしていたのだが、土曜日もそうだったけど急いで用事をまとめて片付けようとすると、何かポカが起こる。土曜日はセルフのスタンドでガソリンを入れようとしていたら何故か店員に話しかけられて何かの勧誘を持ちかけられたのだが、それを断った後普通に給油して帰るときにレシートを取るのを忘れてしまった。後での精算に必要なのでカード会社に連絡して確認しなければならないのだが、話しかけられたためになんか調子が狂ってしまったのだよな。そういうことは時々ある。
昨日はやはり連続的にクリーニング→農協→スーパー→書店→紳士服量販店と用事を済ませてギリギリで返ってきたのだが、妹が来るというので昼にご飯を炊いておくと言っていたのにそれを忘れたのと、書店で買った雑誌が1号前のものだったことが帰ってきてからわかり、午後になってから交換に行くということになった。と考えてみたら昨日のポカは二つだった。
福嶋亮大「ハロー、ユーラシア」五章まで読んだがやはり「天」という概念に関わる個々の文章はうまく読めてなかった感じがした(「天」は自分自身の思い入れがある概念だから素直に読めなかったのだと思う)ので、もう一度五章「天にアクセスする心」を読み直すことにした。
最初の節である「中国天朝主義の台頭」では、これまで述べてきた「天下」概念を軸に、現代21世紀中国の諸知識人の議論を批判的に整理している。「天下」という概念を使って、現代中国の思想家たちは近代西欧が構築してきた「国際社会・国際関係」を批判し、天・天下という「自らの伝統的語彙」に依拠した新たな世界像の獲得に熱心である、ということのようだ。
天下は彼らにとって「普遍的道徳的秩序」であり、超国家的なものであるが、これは「中国共産党のプロパガンダ」と見分けがつかない部分があると。彼らは香港の「一国両制」を大陸と香港を包摂する「天下」の中で違いを認めつつ互恵し合うある種の理想と表現したりするようだが、それはいわば満洲国の王道楽土のプロパガンダと変わらないのは実情を見れば明らかだろう。満洲国は中国共産党が貶めるほど酷いものとばかりは言い切れない面があると思うけれども、少なくとも彼らは満洲国を「偽満洲国」と称するわけだから「一国両制」も「偽一国両制」と呼ぶべきだろう。
このような中国の知識人たちの主張を香港の陳冠中は「中国天朝主義」と呼んでいる。「天朝」とは中国の優越性を誇示する中国共産党政権を揶揄し、新しい知識人たちをつまりは「御用学者」として批判しているわけである。彼らは西欧的国際社会観である国民国家論や立憲主義を排撃するが、主権概念だけは強調しているようで、つまりはご都合主義のいいとこ取りだということだろう。
この辺り、安倍政権を支持する側も批判する側も極端におもねったり「アベガー」と称されるように「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」的なあまり冷静とは言えない議論をする向きも多かったことと共通する部分がある。「ネトウヨ」と言われる人たちは概して安倍政権支持で、妙に尻尾を振っているようにしか見えない人も多かったが、中には「十分にネトウヨ的でない」と安倍さんを批判する人もいて、そのあたりは全体主義国家と民主主義国家の違いでもあるだろうなとも思った。中国には「習近平ガー」という人たちは残念ながら表で発言はできていないと思われるし。
彼らがご都合主義のロジックを使って目指そうとしているものは何かといえば、もはやマルクス・レーニン主義ではなく、シュミットの「友か敵か」と非常に近接した考え方で、「階級はもはや問題ではない」という人もいるという。また「民族」も重要ではないのだと。重要なのは「天下」と「国家」こそが共産主義理論の核心であると主張してるわけで、この思想的変貌ぶりはもともと中国が共産主義を採用したこと自体がご都合主義だったのかもしれないとさえ思われてくる。
20世紀末の中国は「国民国家」を目指していて、そのためには数多くの民族を漢民族を中心とした「中国民族」であると言い換える強弁をしてきたが、資本主義の導入で階級を投げ捨てただけでなく、「民族」をも投げ捨てて「中国共産党国家=天朝」の「友か敵か」でウイグルやモンゴル、チベットや香港の弾圧も正当化しようとしているのかもしれない。そしてその先には台湾に対する侵略があるわけである。
もともとこれらの5者は以前から「五独」と言われ、独立を警戒すべき勢力であると認識されてきたわけだが、これらに対する「王化」が実行されつつあるということなのだろう。
福嶋さんはこの動きを「中国のイデオロギーの変幻自在ぶり」と控えめに表現しているが、実際には単なる思想的キメラに過ぎず、御用学者が理屈と膏薬をどこにでもつけているだけのようにも思われる。
ただ、経済学のアメリカにおいての隆盛が経済的なアメリカの優位によってもたらされているように、中国のこうした思想が中国の経済的発展によって裏付けられ、説得力を持つように思ってしまう人がいるのも、ある意味で国力の実態が現れているということは確かだろう。
日本ではこうした経済的・国力的な水膨れがない状態であるから、むしろスッキリした世界を透徹する思想が現れてくる可能性はあるわけで、まあ逆境を好機と見るというか、そういう視点で頑張るというのもありかなとは思った。
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