ウィルスとワクチン/生殖に関わるウィルス
Posted at 21/08/07 PermaLink» Tweet
「京大おどろきのウィルス学講義」読んでいる。今、第6章まで読んだ。第3章がウイルスについての概論、4章がワクチンについてで、第5章からは著者が専門と思われるレトロウィルスについての話。
第4章のワクチンについては、ワクチンには四種類あるという話。生ワクチン、不活化ワクチン、遺伝子組み換えワクチン、核酸ワクチン。現在使われているファイザー社の新型コロナワクチンは、mRNAワクチンなので、核酸ワクチンの範疇に入るということだ。核酸ワクチンは1990年台からDNAワクチンが開発されていたが、安全性に問題があったのだという。今回のワクチンはmRNAが自然免疫によって排除されないようにして細胞内のリボゾームに運ばれ、コロナのスパイクタンパク質を作り出してそれに対する抗体を作り出し免疫を獲得させる、という仕組みらしい。
これは大変画期的な技術だそうだが、影響については「長期的にはよくわからない」ということだそうで、私もそれはそう思う。何年もかけて治験したわけではないので、絶対何も起こらないという保証はないだろう。つまりは今現在における流行の抑止と、長期的な危険とのトレードオフはあるということは理解しておいて良いことだと思う。
第5章からはレトロウィルスの話で、これは新型コロナとは直接関係ないが、著者が専門に研究している分野であるようだ。
レトロウィルスについてはよく知らなかったし、主にエイズを引き起こすHIVがその範疇に属するものだということくらいしか知らなかったが、生物に感染しその細胞の中で自分のRNAを転写して新たにDNAを合成してしまう(逆転写する)働きを持ち、このDNAを細胞の核の中に持ち込んで、その細胞のDNAに付け加えてしまう働きを持っているのだという。
生物の細胞の中ではDNAに保存された遺伝情報をRNAに転写してそれがリボソームに運ばれタンパク質を合成する(翻訳する)という流れで生命活動が維持されており、これをセントラルドグマというわけだが、レトロウィルスはその反対のRNAを転写してDNAを合成するという逆転写の働きを持っているということである。
そして通常は一般の体細胞の感染するだけだけど、それが生殖細胞に感染し、子供が産まれて、でも普通は育たずに死んでしまうのだが、それが育ってさらに繁殖活動をすると、書き換えられたDNAが子孫に受け継がれていくことになる、というわけだ。著者は生物種が進化をする(つまり新しい種が生まれる)大きな理由の一つのこのレトロウィルスの存在をあげていて、これはなるほどと思う反面、どこまで受け入れていいのかちょっと自分にはよくわからなかった。
ただ実際に、ヒトゲノム分析の結果分かったのは、古代のレトロウィルスのRNAが転写された部分が、人間のDNAの中にかなり残っているということが言えるのだという。これを内在性レトロウィルスというのだそうだ。そうした配列は人間のゲノムの9%に及んでいるそうで、これで進化に何も影響がなかったらかえっておかしいことになるというのは確かなようだ。
しかし人間がホモサピエンスという種になってからのこの20万年間はそうしたウィルスから生殖細胞への逆転写はなかったようで、ヒトになる前から受け継がれた部分のみにその影響は残っているのだそうだ。そのように生殖細胞への転写は起こさないように厳重に守られているようなのだが、コアラなどの有袋類には今でも影響を受けているそうで、その辺は人間などの他の哺乳類の種とはかなり違うらしい。
がんが起こるのは細胞の増殖がコントロールが効かなくなることによって起こるわけだけど、つまりウィルスからの逆転写などの理由によって細胞を増殖させる遺伝子の働きのアクセルが踏みっぱなしになったり、増殖を抑える遺伝子の働きが動かなくなったりすることで起こるのだという。この辺の説明は、下のサイトがわかりやすかった。
第6章は哺乳類の胎盤の形成にレトロウィルスが絡んでいるのではないかという話。私は知らなかったが、哺乳類の胎盤というものは種によって形態や構造が全く異なるのだそうだ。人間の胎盤は盤状胎盤というが、これは人間やマウスなどがそうだが、犬や猫は帯状胎盤、馬や豚などは散在性胎盤、牛や羊などは叢毛性体盤というのだという。同じ働きをするものだから同じような成り立ちかと思っていたが、確かに哺乳類でも卵生のものや有袋類など色々あるわけで、機能は同じでも一概に同じ成り立ちでできているわけではないようだ。それらが結果的には胎生になってはいるけれども、それぞれがそうなったのには違う種類の内在レトロウィルスの働きによるものではないかというのが著者の研究のようだ。
また、受精卵が子宮内膜に着床し、そこに胎盤が形成される時、胎盤胞は子宮内膜細胞にめり込んで融合していくのだという。この融合細胞を作るときのタンパク質が古代のレトロウィルスの配列と同じなのだそうで、その作用が起こること自体がレトロウイルスと関係しているという見解なのだそうだ。
また、この胎盤胞が子宮壁にめり込んでいく過程はがん細胞が健康な細胞にめり込んでいくときの形態と楊どはにているのだそうで、つまり受精卵という「自分のものではない」細胞を受け入れる仕組み(免疫抑制)が人間に備わったために、がん細胞という異常な細胞が通常細胞から攻撃を受けない免疫抑制を受け入れてしまうようになったのではないかという見解を示しておられる。
この辺りのところはまだコンセンサスになっていない部分のようで、素人が評価するのは難しいのだけど、なるほどと思う部分はあることはある。まあそういうお話を聞かせてもらった、という感じで受け止めておきたい。
それにしても、生物にとってウィルスというものがいかに関わりの深いものかということはだんだん理解してきた。人間は腸内細菌など細菌と共生もしているが、良くも悪くもウィルスとも関わりを持ちながら生きているわけで、完全に独立・孤立した一つの生命体などというものは、ある種の幻想なのだなと思ったりしたのだった。
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