「本当の正義とは何か」
Posted at 21/07/31 PermaLink» Tweet
本当の正義とは何か
私の子供の頃、正義というのはシンプルにいえば、「弱いものを守ること」だったと思う。悪というのは、弱いものをいじめる人たちのことだった。
「悪=弱いものいじめ」
これがシンプルに全員に共有されていた時代は、真っ当だったなと思う。
だから逆に、学校で「いじめ」が起こること自体がよくわからなかった。というか、自分が子供の頃はそういうことは見聞きしたことはなかったと思う。もちろん、意識されないだけでなかったということはできないわけだけど。
また、なんとなく揶揄われていたりとかそういう子がいなかったわけではないが、報道されるような暴力的な酷いいじめは話を聞いたこともなかった。
ただ、私自身がやられていたことを含め、後になって気がついたことはないわけではないので、まあ割とナイーブな子供だったのだろうなと思う。
それはさておき、「いじめ」というものを身近に感じていると、「弱いものをいじめることは悪である」という考えが素朴な確信ではなく、道徳的な題目になってしまうだろう。「弱いものをいじめること」は「悪」かもしれないが「仕方ないこと」だし、自分がグレーであることもある程度は仕方ない、みたいな感じが生まれてくるような気がする。
子供は子供なりに、正しいことと悪いことという感覚はあるけれども、あまりそういうものに関心を持たないようになっていくか、むしろ極端な悪の方に魅力を感じるようになっていくものもあり、それらが90年台の悪趣味系とか鬼畜系、サブカル系になっていったのだろう。
日本でいじめが広がっていったことと、シンプルな正義を求める左翼運動が後退していったことはおそらく関係があるのだと思う。
昔は、というか衰えるまでの左翼運動にとって弱者は貧乏人であり、悪人はそこから搾取する金持ち・資本家だった。日本人の多くがホワイトカラー化していくことでそうした構図は崩れていって、「貧しいものの見方をするのが正義」という構図は、一般の支持を得られにくくなっていった。
日本の左翼運動がポリティカルコレクトネス、ないしマイノリティの権利獲得の方に舵を切ったのは、「華青闘告発」がきっかけだと言われているが、現代は左翼リベラルの運動の中心は昔ながらの反戦平和や反文明的傾向を持った反原発を除けば、女性を含む被抑圧者・マイノリティの権利獲得になっているように思う。
左翼運動華やかなりし頃から、それに参加する一般の青年たちの心の中には葛藤があることが多かった。何が本当の正義なのか、ということだ。貧しい人たちのための戦いだと思っていたが貧しい人も国家の枠組みから見ればアジアを侵略した日本帝国主義の一員であるし、女性を見れば欲情する性的搾取者でもある、みたいな感じの葛藤である。
10年ほど前のウェブ日記やブログなどでは、そういう「良心的リベラル男性」のブログは結構多くて、そういう葛藤が多く綴られていた。
あの時代はまだ良かったなあ、と最近時々思う。
今の思想的対立が最も先鋭に現れている場所の一つがSNSで、またその中でもTwitterだろうと思うのだが、男性でも女性でも自分の主張を述べる前に、ブログなどを読むと葛藤の部分が描かれていたりして、そこに人間的なもの、また真摯な姿勢を感じて、そういう人は信用してもいいのではないかと考えたりしていたわけである。
現実にはそういうのもまだあるのかもしれないが、最近はほとんど私の見える範囲にはなくなってきた。
最近あるのは高らかに自分の正義は謳うが人の主張には耳を傾けず、一方的に捲し立てて相手が黙れば「はい論破」というていの「正義」である。
そこにある姿勢は、「自分の正義を疑ったら負けである」という貧しいこだわりだけである。意見の違う人のいうことに耳を貸したら耳が潰れると思ってるんじゃないかと思うような、相手の論理のねじ曲げや曲解であり、まともな議論が成り立つことが少なくなってきている。
これは私は、いじめを見て見ぬふりをしたり自分がグレーであることを半ば自覚しながらも自分の立場を強弁することに慣れてきた生き方が反映されてるんだろうなと思うことが多い。
以前は「ポリコレ棒で殴る」という表現がポリコレに反感を持つ界隈でよく使われていたが、最近はそれに反撃しようとしてなのか、「論理棒で殴る」とか「事実棒で殴る」という表現も出てきた。事実や論理を否定したら論争や議論など成り立ちようもないが、そういうもの自体を必要だと思っていない、自分たちの持っている惨めな正義をただ主張していればいいのだという気の毒な人たちがかなり増殖している感がある。
いじめというのは、社会から正義のリアリティが消えた、つまり80年台の相対主義の時代から増えているし深刻化しているのはその辺りのことと関係があるのだと思う。正義というもののリアリティが消えることを、誰も深刻に考えなかったということなのだろうなと思う。
今の私などの世代、つまり50代後半の世代がろくなことを語れないのは、そうした正義の感覚が未発達のまま、大人になり、老いてきてしまっているからなのだろうと思う。
本来、正義というものを支えるのは、マジョリティの常識というものだろう。しかし相対主義の洗礼の後、新自由主義の弱肉強食論理にあまりにも馴染みすぎて、「弱いもの」というリアリティがわからず、「女性」「子供」「少数民族」「障害者」「LGBT」などの「属性」で決めつけるだけになっている貧しさが現在だ。
属性があろうとなかろうと、本来強者は強者だし、弱者は弱者だ。しかし現在はそういうフィルターを通してしか弱者と見られなくなってしまっている。
弱者か強者かというのは本来かなりのブレを含んだ、また個人の生活歴の中でも変化しうるものなのに、運動家はそのカテゴリー、その属性だけの権利拡大に熱心で、それを疑問に思ったり批判したりするものをバックラッシュと決めつけ、攻撃する。
恵まれた障害者もいれば、恵まれない「健常者」もいる。今朝見た記事でも取り上げられていたが、「境界知性」という人たちがいて、知能的には平均よりもかなり低いけれども障害というほどではない、という人たちが、まさに現代のような「知識社会」の中で、上手く生きられなくなってきているということが取り上げられていた。
特にフェミニズムにその傾向が酷いのだが、どんなに困難を抱えていても男性は搾取者と見、どんなに恵まれていても女性が役職につけなければ差別と見るというようなバランスを欠いた主張をする人が多いし、そういう意味では彼ら彼女らには「弱いものを助けるのが正義であり、いじめるのが悪である」という視点はもう無くなっていると考えて良い気はする。
まあ素朴な話なのだけど、「本当の正義は何か」という割と根本的な部分を、もっと考える人が増えてくれば状況は少しは変わるのかなと思って見たりしている。
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