学と実践

Posted at 21/07/06

中沢新一「レンマ学」読んでる。面白いのだが、まだ色々コメントできるほど自分の中でイメージできていないので、一つだけ書いておこうと思う。

中沢氏は、この「レンマ学」で何をやりたいのかということだ。

大乗仏教の経典は仏陀の「悟り」の体験の本質はなんだったのかということを掘り下げ、検討する中で生まれ、その智慧=般若の実態は「色即是空」から中論を構築した南インドのナーガールジュナら中間派と、「空即是色」から「全ては心である」という唯識を構築した北インドの世親(ヴァスバンドゥ)の唯識派が生まれ、それを中央アジアでまとめられたのが華厳経であると指摘している。

華厳教に至る仏道の探究者たちが目指したのはブッダの悟りの本質を明らかにすることで、それによって得られた智慧が人々が生きていくのに役立つ、という問題意識が想定される。そこから広大な大乗仏教世界が構築されたわけだけど、仏教自体はインドではヒンドゥの、中央アジアではイスラムの浸潤によって滅びていき、東アジア・東南アジア・チベット仏教世界といったインドから見たら辺境にのみそれは残ったということになる。

中沢氏は仏教、とりわけこの華厳経にロゴス的知性の限界を超えうるレンマ的知性による「学」を構築する元になる可能性を見出しているわけで、それはそれでとても面白いのだが、「学」を構築した先には何が想定されているのかな、というところが少し気になった。

レンマ的知性、というとその可能性のようなものに考え当たるのはKJ法の川喜田二郎の思想、また身体論的なところに落とした野口晴哉のいわゆる野口整体の思想などが考えあたる。他にもいろいろあるけれども、それらはいずれも仏教的なバックグラウンドが指摘されている。

川喜田はその主著「KJ法 混沌をして語らしむる」のなかでKJ法の目的として三つの痛切事の解決のため、と書いている。一つは自分の仕事、地理学や民族学といったフィールドワーク的な学について定性データをまとめ上げる手段が必要だったこと、二つ目は自分自身の生活、人生にどうやって対処するかという全体状況の把握のための手段が必要だったこと、三つ目は現代の文明の危機の打開のため、ということを言っている。三つ目に関しては手短にしか書いてないが、「野生の復興」などの著書を読むとデカルト的合理論を批判しそれを乗り越えるものとしてKJ法を提示しているので、そういう意味では中沢氏の狙いに近い部分があるように思う。

また、野口晴哉は関東大震災をきっかけに整体の技術を用いた「病気治し」を始めたが、経験を重ねるうちに「病気治し=治療」に限界を感じ、身体の感受性を高め自分自身の力で生きる力を回復させ伸ばしていく「身体教育=体育」の方向に舵を切った。野口の著書を読むと中沢氏のいう「レンマ的知性」が随所に現れているように思うが、ここで言いたいのは野口はその仕事における「やりたいこと」を「教育=育てること」においた、ということである。

中沢氏が目指すのはそういうもの全てを包摂するような「学」の構築だろうとは思うのだけど、その先にあるのは何かということだ。仏教もまた八正道という教育=修養の道筋を示しているし、例えば禅宗なども修行の道筋を示して教育=修行と学問とが共にある形を示している。

ロゴス的な、つまり現代文明における学問と教育の関係は、学問は学問であり、教育は教育で、その接点が大学と大学院、つまり高等教育機関にあるという形になっている。「教育と啓蒙」は「学問」より一段低いものと見られがちで、その辺りにも自分としては疑問がある。

身体や精神の全体性の教育という側面から、日本の学校教育では体育や美術、音楽といった身体と情操の教育課程が組み込まれてきたが、それらはロゴス的な合目的意識によってプロフェッショナルの養成に傾いたり、逆に「子ども」というある種の近代共同幻想を強化するための、人間教育としての意味としてよくわからないものになっていたりし、それらを「合理化」する方向の議論が行われたりするが、レンマ的な方向性から言えばそれらは「身体や精神の全体性の教育」という観点からは逆方向の思考になってしまっている。

拠点としての学の確立でことたれりとし、学と実践が乖離した形で成立するとしたらそれはまさにロゴス的分節に終わってしまうと思うし、そういう意味で中沢さんが何を目指しているのかをもっと知りたい気がした。

まあ書いているうちに、最後まで読めばそういうこともわかるのかもという気がしてきたので、今日のところはここまでにしたい。

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