「Aであり非Aである」とか「Aでなく非Aでもない」とか
Posted at 21/07/05 PermaLink» Tweet
中沢新一「レンマ学」(講談社、2019)を買った。中沢という人は1980年代の東大駒場におけるゴタゴタによってあまりいいイメージを持たなくなっていたのだが、網野善彦の回想など私自身が読んでいる本もあり、またチベット仏教を研究した人というイメージもあり、あるいは当時の「ニューアカデミズム」の旗手の一人という認識もあり、興味がないわけではなかったが、自分自身の関心としてはなんとなく距離がある捉え難い人という印象が強かった。
この著書を岡谷の書店で見たときにはへえっと思い、あの時代の学者や我々の世代(団塊と団塊ジュニアの間、1950年代から60年代前半生まれ)が変な方向に行ってしまう人が多いことから、また変なことを始めたのかと思って少し立ち読みだけして、かなり大きいことをやろうとしているということだけはわかったのだが、しかしそれがトンデモなのか読む価値のあるものなのかというのがいまいち判定できない感じでその時は買わなかった。
ただ、もともと私はいわゆるスピリチュアル的なもの(宗教とかオカルトとかにかするあたりまで)にも惹かれるところがあり、自分の内面や生活を豊かにするのにそれが役に立つならそういうのもいいと肯定的に捉えるところもあるので、多少そういう系統のものであってもいいやと思ってもう一度立ち読みし、その時もまた買わなかったのだが、昨日モンゴルのことやチベット仏教のことをWikipediaなどネットで読んでいて、やはり読んでみようと思って岡谷まで出かけ、購入してきた。どうだろう、この地域でこの本を買う人がどれだけいるか知らないが、1週間以上置かれたままになっていたから私が買わなければ売れなかったかもしれない。
返ってきて読み出して、まず「レンマ」というものがなんだかよくわからなかったのだが、これはギリシャ語で「ロゴス」に対立する概念としてあり、言語で捉えられ言語で分析できる論理であるロゴスに対し、全体を捉える直観的な論理みたいな感じで「レンマ」が捉えられていて、暗黙知的なものだろうかとか色々考えながらWikipediaなども参照しつつ読んでいると、このレンマからできた言葉に「ディレンマ」(ディは2を表す)があるということを知って、まずは本の見た目より妖しい内容ではなさそうだということで少しホッとした。(失礼)
Wikipediaによるとレンマとは漢訳では四句分別といいインド古来の思考様式と考えられていると書いてある。最も、このWikipediaの記述に関しては「独自研究が含まれているおそれがあります」と書かれているのでどこまで信頼していいのかはよくわからないが、この四句とは以下の四つとされると考えていいかと思う。
1肯定であり否定でない
2否定であり肯定でない
3肯定であり否定でもある
4肯定でなく否定でもない
言われてみると仏教の経典などにはこういう言い方が多い気がした。このWikipediaの解説ではブッダは四句分別を批判して縁起説に立ったとあるのだが、中沢さんの本では縁起説自体をロゴスでないレンマの論理と考えているような記述があって、この辺は読んでみてから考えないといけないと思った。
しかし面白いと思ったのは、こういう「ロゴス的=ロジカル」でない考え方に立つと見えてくるものも多いということだ。これは中沢さんも量子力学や非可換幾何、AIなどの例をあげていて、逆にこういうふうに現代科学・技術を上げるところが最初はトンデモや疑似科学くさいと感じてしまったのだが、ロゴス的な二元論を超えた論理というものを考えると確かにそういうものも存在するし現代数学や物理学はそこまで思考を拡張しないと理解できないところもあるなあと改めて思った。
というか、自分が現代数学や物理学で理解できないなあと思っていたところが、そのように思考を拡張すると理解できるかも、みたいに感じるところがあった、と言ってもいい。
Wikipediaの非可換幾何の説明も面白く、一つの幾何学には一つの代数学が対応するというのはあまり考えたことがなかったのですごく面白いと思ったし、「可換の環・非可換の環」とかもなんのこっちゃと思っていたが、積と和の交換法則や結合法則、分配法則が成り立つか否かという観点から交換が成り立つのが可換だと言われたらそうかこれは行列とかで交換法則が成り立たなくなるという話につながるんだなとようやく理解できた感があり、またちょっと数学に関心が出てきたところがあった。
まあ、わかるものは面白いしわからないものはあまり面白くない。でも、わからなかったものがわかるようになるというのはとても面白いもので、そういうことが自分にとっては自分を動かす原動力になるんだなと改めて思った。
四句分別に戻ると、例えばジェンダーとセックスの問題についてもロゴス的に考えるよりわかりやすいなと思った。「ジェンダー的な意味での男」を「女性に対し性的欲望ないし恋愛感情を感じる者」と定義し、女を男性に対して同様である者、と欲望の面から定義して、「セックス的な意味での男」を男性器を持つ者とし女も同様と生物学的な面から定義すると、
1男であり女でない者(生物学的女性に恋愛感情を持つ者)
2女であり男でない者(生物学的男性に恋愛感情を持つ者)
3男であり女でもある者(生物学的男性にも生物学的女性にも恋愛感情を持つ者)
4男でなく女でもない者(生物学的男性にも生物学的女性にも恋愛感情を持たない者)
の四つに分かれるということになる。1のグループにはいわゆるヘテロ男性とレズビアンが含まれ、2のグループにはヘテロ女性とゲイが含まれ、3にはバイセクシュアルが、4にはアセクシュアルが含まれるということになる。
1のグループと2のグループは欲望の客体の問題だけでなく欲望の主体の問題からさらに二つに分けられるわけだが、ロゴス的な二元論では理解しにくいジェンダーの問題が理解しやすくなるというところはあるなと思った。
これは生物学的な性においても男性器を持ち女性器を持たないもの、女性器を持ち男性器を持たないもの、男性器も女性器も持つもの(生物学的な両性具有)、男性器も女性器も持たないものと分類することはできるし、ロゴスで考えるよりはだいぶ考えやすくなることは確かだ。
まあこの少子高齢化社会において人工の再生産という面から見れば「女性に恋愛感情を持つ生物学的男性」と「男性に恋愛感情を持つ生物学的女性」について特に重視しなければならないという政策的な重点の置き方があるのは人間存在の持続という観点から考えればある意味当然だということになるが、「AでもありBでもある」ことや「AでもなくBでもない」という可能性について考えることで世界がより立体的に見えてくる面というのはあり、「ロゴス的世界」がどうしようもなく息が詰まる面があるのもまたそうでない可能性が捉えきれないからだよなあと改めて思った。
まあこのあたりは「男・女」で全ての人間をロゴス的に2元論に分別するという立場からはロゴス的でなくレンマ的な「Aであり非Aである」という思考と言えるが、「ジェンダーは多様である」という立場からはロゴスの範囲内で収まる思考であると言えなくはない。ただその「ジェンダー多様性」について事例研究・当事者研究のレベルではなく論理的な組み立てを為そうとするときに、ロゴス的な二元論で捉えるより四句分別的に捉えた方がより建設的な面があるのではないかという気がした。
まあこういうのもある種の思考実験みたいなところもあるから有効性については考えていかなければならないけど、考える世界が広がることで生きるエネルギーみたいなものが出てくるのであれば、自分にとってはお得であるなと思ったのだった。
今回の記述は直接この「レンマ学」という本に関わることでない部分が多いが、読むためのウォーミングアップとして考えたことを書いた。
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