モーニング連載の「ハコヅメ 交番女子の逆襲」が面白い。
Posted at 21/06/30 PermaLink» Tweet
テレビドラマ化されるということもあり、書店では1巻からずっと並べられているので入手のチャンスだと思うのだが、読み始めたのはそういうこととは関係なく、モーニングに載っているから読んでいる、という感じで読んでいたということだ。
警察マンガというのは今までもそれなりにあったが、これほどリアルに警察の日常や警察官たちのキャラクターを描いた作品はなかったと思うし、そこが良い点でもありある意味「鼻につく」点でもあるわけだ。
作中でもたびたび語れているけれども、警察というのは必ずしも市民から好意的に見られる仕事ではない。「警察にお世話になる」と言えばいい意味でのことよりも(当然そういうことだってあるはずなのだが)悪い意味でのことの方が思いつくだろう。交番のような地域課ならまだ身の回りに近いところでの接点もあると思うが、刑事課などは「普通の人」には縁がないところのように思えるし、生活安全課なども水商売やヤクザなどやはりこれもあまり「普通の人」には縁がないところのように思われてしまうだろう。
また、これは言われてみたらそうだなと思ったが、交通課というのは憎まれる、恨まれることはあっても感謝されることはほとんどない、という話が出てきて考えてみたらそうだろうなあと思った。「交通課のお巡りさんに接する」と言えばまず「違反切符を切られる」ということしか思いつかないだろう。交通課といえば「白バイのお巡りさんがかっこいい」的な印象の方が強かったのだが、これも考えてみたら子どもっぽい発想ではあった。
しかし現実には地方公務員として数々の社会のトラブルに第一線で取り組んでいる仕事であって、当然ながら容易な仕事ではない。消防や自衛隊と並び、「殉職」も避けられず起こる。そのような話もギャグを基調にしたこの作品の奥にしっかりと描かれていて、また「殉職」というものの美談だけでは済まない面もまた描かれている。
「もう警察官はやれない」と言って辞めていく人の描写もいくつもあるし、殉職してしまう人もいるし、また病気よりも捜査を優先した結果亡くなってしまった人の話も出てくる。基本的にはそういう重い話よりも、警察官の人間としての普通の面を描き出そうとしているわけだけど、それだけに止まらない濃い描写も多い。
生活安全課のカナは体力もなく少し斜に構えたところがある女性警官なのだが、基本的に人を信じる正義に厚い警察官が描かれる中で彼女の洞察が「かわいそうな弱者」=DVに苦しむ妻みたいなものの「正体」を暴き出す、つまり同情を引くことで自分の思うように物事を動かそうとしている、女性の不正を暴き出したりもする。
別章として建てられた「アンボックス」では彼女が主役だ。災害の時に避難に応じない高齢者を説得に行って災害に巻き込まれて殉職した警察官が出てくるのだが、その警察官の義兄にあたる警察官によって育てられた男性警察官がいて、彼は天才肌の、でも抜けたところのある刑事として主役級の一人で出てくる。ある意味この物語では光が当てられる警察官なのだが、カナはそれに対し、「避難に応じずに自分もしに警察官も殉職させてしまった高齢者」のひ孫だったことが語られる。その後、彼女の家族は大きな社会からの非難に直面し、祖父は自死し一家は離散してしまう。彼女も高校生の時にはぐれていたが、防犯協会の老人にもっと広い目で世界を見るように諭され、警察官の道に進む決心をする。
このカナをめぐる物語はそれだけでまとまった一つの作品になっているのでナンバーのついた単行本とは別の別章として建てられた「アンボックス」という単行本はぜひ読んでいただけるといいと思う。
私はこの作品はずっと面白いとは思いながら、警察という題材とあまりにリアルに直面させられるところ、そして初期には割と昔の少女漫画っぽい絵柄が少し抵抗があって単行本は買っていなかった。しかし「アンボックス」を買って読んでみるともう何度も涙ぐみながら読み返してしまい、17巻から遡って買って読んでいる。今は11巻まで遡ったが、今日はあと3巻くらいは遡ることになるかなと思っている。絵柄も、今ではこなれた線になってきていて、少年マンガや青年マンガの読者でもそんなに抵抗なく読める感じになってきている。
実際のところ、どういう人たちが警察官になっているのかというのはわからない。ただ、登場人物の中にはやたら正義感が強い青年も出てくるし、昔ながらのパワハラ警察官も出てくる。面白いと思ったのは、「警察の中で評価される優秀さ」というものがどういうものなのかよくわからなかったのが、そういう警察官が何人も描かれていることでなるほどこういう人たちが優秀なんだ、ということがわかったということが大きいかもしれない。
私も東京都の高校教員をやっていたから、一般の公務員とは違う教職の公務員の世界というのはそれなりに知ってはいるけれども、警察はまた違う世界だからよくはわからないところがあった。
教員の世界では「子供がぐれる親の職業」として三つ言われていて、それが「教師、僧侶、警察官」なのだが、つまりは「「正義、ないし正しいこと」を語ること」が職業になっている人の子どもということで、つまりは親が言う正義と自分に見えている現実とのギャップに反発を感じ、親に反抗するということが起こりやすいということだ。私が「指導」した中には警察官の子どもはいなかったけれども、同じ学校の中ではやはりそういう例は聞いたことはあった。
だからまあ、教師の世界などにいるとどちらかというと警察に対する偏見が強まるだけなのだけど、現実には色々いい意味でお世話になったこともあり、本当になくてはならない仕事だとは思う。作者の泰三子も警察に在職した経験があり、産休中に描いた作品が評価され、警察のことを理解してもらいたいということで警察を辞めてこの作品を書き始めたということがあるということで、実際に自分が感じていた矛盾であるとかも描かれているのがいいなと思う。
「正義なんて公務員の給料で若い奴をこき使うためのご褒美だ」というある意味身も蓋もないセリフも出てくるが、だからと言って作品のトーンがシニカルになったり虚無的になったりしすぎないところが構成力の強さだなと思う。
単行本をきちんと読んでみると、改めて作品の強さがよくわかる、という作品だと思う。すごい作品である。
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